第5話

 頭内における領事裁判権は、有った。今朝になって、もう、終わった話であった。再び、新しい事実は、今はまだ読み上げられていない。彼が死刑になったことは、彼に死刑を言い渡す理由であった。私が死んでいることは、今はまだ、事件ではない。

 今朝の残光は、蛍光灯から垂れ下がったストロンチウムで、未だ諸々の残像を洗い落とさぬ内に、同じ罪状の内に諸々を仕出かす遊びを示していた。バリウム色の空がそれとしては終わるから、また死刑になる。

 今朝に目だけを洗い、寝ぼけ眼というものが程度の違いとして分かってきた昼頃、人を殺したとして、それは寝ぼけ眼に映ったものであると、言うことが出来ないとは言えない。だからこれを書くことは言うことより増しであるとは言わないが、思うことより悪いとは言わない。何れにせよ同じであるとだけ言っておく。これは目に見えるやり方で、ようやく起きてきた君の世界における犯罪であるから。だから、私がそれをしないということをしなかったということにだけは目を瞑って欲しい。

 そんなことを思ってしまう私の慰めに、判決文はモノローグの形式を取っていた。

 夜に目が覚めて、手探りに戻って来たこのベッドの在る部屋は、このベッドは、本当にあのそれであったか。私は行ったとは言えるが、戻って来たとは、どこからどこへと戻って来たということは、確かに言えるだろうか。そんなことは一度として言えたことが無い。あの部屋が最も広義の間取りのどれとして位置しているのか、この寝相が、今私を眠れなくさせている広大な点々の妄想としては、一体どれに相当しているのか、現に分からなくとも済んでいる。毎日玄関という何の変哲も無いドアを潜るためだけに行う幾つもの方向転換の一々を、その第一弾としてやはり遭遇する、階下に繋がるあの階段の捻れ具合を、覚えている訳が無い。それだから、ここがどこであるかは問題ではない。この部屋がいつか、朝になって描き直す衝動に駆られ、思い返してみた時には余程適当であったとしても、ただ今適当であるにしても、それなりに幾何学的に、線を引けぬ訳ではないから。

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