第3話「神喰いの代償」
――その神、喰らえば快楽。祈れば絶望。
夜の空は、黒い墨を流し込んだように沈みきっていた。
静まり返った社の跡地。瓦礫に埋もれた神棚と、焼け焦げた鳥居の残骸が、そこにあったはずの“神”の存在を虚しく語っていた。
神瀬 悠は、その廃墟の中に立ち尽くしていた。
血に染まった手。青白く光る血は、神の肉から流れ出たものだった。
既に乾きかけ、彼の皮膚と一体化しているように見える。
「……これが、神の血……」
つぶやきながら、悠は口元を拭った。鉄と花のような味が、まだ舌に残っていた。
喰らった。自分の意思で――神を。
あの瞬間に流れ込んできたのは、理性を凍らせるような快楽と、底知れない異物感だった。
背筋が、ひやりとする。思い出すだけで、全身がぞわりと震えた。
「……あれが……“神の肉”」
あのとき、誰かが囁いた。“喰らえ。お前しかできない”――その言葉の意味も、今はわからない。
ただ、確かに覚えている。
喰らった瞬間、自分の中の何かが壊れた。そして、別の何かが生まれた。
「まだ……喰いたいなんて……」
思わず、自分の腹を殴った。
衝動がある。理屈ではない。
あの肉の味を知ってしまった身体が、もっと、もっとと欲しがっている。
「……っ、くそ……っ!」
自身の中に巣食う欲望が、神の残滓か、それとも自分の本性なのか――それさえも判別できないまま、悠は拳を握りしめた。
そのとき、小さな呻き声が聞こえた。
――少女。
彼女は、瓦礫の陰に横たわっていた。腹に深い傷を負ったまま、まだ息をしている。
悠は慌てて駆け寄り、火を起こし、破布で応急処置を施した。何度も血を拭い、震える手で縫合の真似事をした。
どうして自分がここまでしているのか、もう分からない。ただ――助けたかった。
だから、喰らった。
それだけだった。
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