第27話


「いやぁ、総合三位ってめちゃくちゃ追い上げましたよね」

「本当ですよ。海斗くんが下界の知識を持ってたのと引き運が良かったからなのです」


 競技場へと向かうまでの間も俺たちはまだ昨日の事について話していた。今日はこの二日の中で群を抜いて集合時間が遅い。これまでは遅くても九時には集合しなければならなかったのに対して、今日は一三時に集合という事なのだ。

 何か理由があるのかもしれないが当然ながら俺に知る権利はない。もう慣れた手つきで出場者用の扉へと入り身分証明書を審査員の人に見せる。三日もここへ通い、同じ人に証明書を見せているのだから顔パスでもいいと思うのだが。

 身分証明書を見せてからいつも通り会場下にある部屋へと向かう。部屋へと入ると俺たちは後方に準備されている荷物置き場へ肩に持っていたバックを下ろす。


「さてと、どうしますかっ⁉︎」


 身を返しながらラファエルに言うと、いきなり目の前に一人の小さな子供らしさが残る天使が現れた。つま先でグッと踏ん張り後ろにのけぞる。


「君は確かリアニア姉妹の……」


 ムッとした表情を作り俺の目をジッと見つめて来た。


「リアです。あなたが昨日勝ったのは偶然のことで本来なら私たちが勝ってたんだから」

「ちょっと、リア。お願いだからそんな喧嘩を売らないでよ」


 後ろからリアと瓜二つの天使が登場した。俺の目を見ている天使がリアならば今出てきた天使はニアという事だろう。ニアはリアの肩を持って俺の前から引き剥がそうとしているのだが、リアはそれに対抗していた。


「昨日の試合は負けたんだよ。もう認めましょう」


 何一〇秒もニアがそんな言葉をかけてリアを引っ張っていると。彼女はようやく諦めたのか、かかとを地面に擦りながら引っ張られていった。


「今日は絶対に負けないから!」


 怖いというより可愛さが勝つような威嚇をして部屋の奥へと消えていく。すると隣で何と言葉をかければいいか分からず困っていたラファエルが話しかけてきた。


「外見は高嶺の花みたいな感じですけど、話しやすそうな子でしたね」

「そうですね。大会が終わったら……」


 今日も今日とて俺が話しているちょうど良いところで前の扉が開いて顔馴染みのある天使が入ってくる。三日目になると真面目だった人も気が抜けてくる頃合いなのだが、天使たちはそんなこと一切感じさせなかった。

 アメリアが部屋に来たのを見ると会話を中断して席へと座るのだ。自分がその空気を壊すわけにはいけない、と思い俺も三日間同じ席へと着く。


「皆さん、大天使大会本戦もいよいよ三日目になりました。今日の結果次第で明後日に行われる決勝へ進むことが出来ます。とまあそんなことはさておき、本日のゲームについて説明していきますのでよろしくお願いします」


 アメリアもらった資料はこの二日間で一番薄いものになっていた。紙をペラペラとめくりページ数を数えてみると、なんと四ページしか無かった。資料の一ページ目には『以心伝心ペア合流競争』というような文字が綴られている。


「今日のゲームは以心伝心ペア合流競争ということになります。まず前提として今回のゲームはペアとは離れてもらっての戦いになるので心しておいて下さい。それではルール説明へと移らせていただきますね。資料を次のページにめくってください」


 言われた通り俺は手元の資料を次のページにする。二ページ目には大きな立方体が書かれており、三ページにいつも通り注意書きがあった。


「左側にあるこの立方体には一辺、四個か五個の入り口があります。それが上段、中段、下段と三段分あり、皆さんそれぞれが入り口から一斉に入っていただきます。続いてゴール条件についてお話しさせていただきますね。この立方体は迷路になっており真ん中にボタンがあります。ペアで合流してから真ん中のボタンを押してください。これはペアでなければ押すことは出来ないので注意が必要です。ここまでで質問があればどうぞ」


 立方体の大きさは資料の設置通りだと、一辺一〇〇メートルほどだ。そう考えるとかなり大きい迷路になるはずなので合流も一筋縄では行かないはず。加えて合流してから真ん中にあるボタンを押すとのことだ。でも実行委員のこれまでの性格から考えるにボタンを探すのも一苦労である。

 ここで俺は一つの疑問が頭によぎった。一辺が一〇〇メートルという完全に規格外のサイズなのだが、グラウンドに入るとは思えない。なぜ、と答えを考えるよりも先に俺の口は動いていた。


「あの、これほどの大きさの立方体は競技場には入らないと思うんですけど」

「それなら心配は無用です。今回の競技の集合場所は上の競技場なんですけど、後ほど特設会場へと転送させていただきます。そちらでゲームを中継で送るという形を取っています、というので大丈夫でしょうか」


 まるで審査員は俺の質問を待っていたかのようにスラスラと答えた。審査員に言われて俺は首を縦に小さく振る。他に質問はありませんか、と言って審査員は辺りを見回す。

 すると審査員の目は一番前に座る天使へと移った。何があったのだろうかと思い俺は背筋を伸ばしたり体を横に向けたりするが中々、見ることが出来ない。


「今質問がありましたが立方体の中では全ての通信が制限されていますのでスマートフォンなどを使っても意味はありません。その点を踏まえてペアでの心の繋がりを見せて下さい。これで質問は解けてますか?」


 これまたスラスラと話した審査員は前にいる天使に目を合わせながら言った。


「うん、ありがと……」


 えらく生意気な態度で挨拶をする天使だなと思ったのだが俺はこの声に聞き覚えかある。俺がこの部屋の後ろに荷物を置こうとした時、話しかけてきた天使。堂々たる現在総合一位のリアニア姉妹のリアである。

 流石の彼女たちでも以心伝心という不可能に近いことは無理なのだろうか。リアの質問に答えてから数秒の沈黙の後、審査員は口を開いた。


「私が言いたいことは全て質問されたので競技説明は終わりにさせていただきますね。昨日今日と同じく、しばらくの間はそれぞれの待機室でお待ち下さい」


 審査員が言い終わると同時に出場者は緊張が解けたのか、再びざわめき出した。荷物を手に取り待機室へ一目散に向かう天使もいれば、席に座って話す天使など様々である。俺とラファエルはというと、荷物置きの混雑を避けるためにしばらく椅子で話していた。


「ラファちゃんにアリア!」


 陽気な声が聞こえたと思い振り向こうとするも、相手の方が一歩先に俺の背中を捉えた。椅子が倒れるほどの勢いで俺に突進して胸元に手を回される。こんな大胆で荒っぽいことをする出場者は一人しか俺は知らない。俺に抱きつく天使に対して挨拶をしようとするのだが、これまたラファエルに先を越されてしまう。


「ちょっとー? アリアは私のペアなのよ! アイラはそこのエマお嬢様がペアなんじゃないの?」


 アイラの後ろにいる無口そうな地雷系天使に向けて言う。それだけでは止まることなくラファエルはエマの左腕に抱きつく。


「離れてもらっていいですか」

「ちょっ、エマ! 待って……」


 両腕でガッチリホールドをしていたラファエルは呆気なくエマに押され、振り解かれてしまう。そして彼女はバランスを崩して俺の膝へと倒れ込んできた。アイラはというとラファエルが俺の膝に倒れ込む前に、エマの元へと駆け寄っていた。


「ラファちゃんは相変わらず力が弱いんだから。じゃあ今日のゲーム、頑張ろうね」


 エマは嫉妬深い表情を浮かべ、手を振りながら部屋から出ていく。気づけば部屋に残ったのは俺たちのみになったため後ろにに置いてある荷物を取りに行こうとする。だがその前に自分の膝に乗っているラファエルに退いてもらう。


「す、すいません。重かったですよね」

「全然重くなんて無いですよ」


 椅子の背もたれを持ちながら立とうとするラファエルのフォローをした。俺の膝から彼女が退くと後ろに置いてある荷物の方へと向かう。俺とラファエルの二人分を持って部屋を出る。


「それ私の分は持ちますね」

「ありがとうございます。そういえばさっきラファが言ってたエマお嬢様って言うのは?」

「あー、その話題に行きたいんですけどまずちょっとだけ天界にあるお屋敷の話をしますね。天界には下界と同じようにお屋敷を持っている天使がいます。家の大きさはその天使の親、アリアなら私の階級で決まるんです。エマの場合は親戚が智天使ケルビム様なのでお屋敷を持ってます。そしてエマの付き添いがアイラということになってます」

「へえ、結構天界の家事情というか家系って複雑なんですね」


 大天使が親だからあんなに強いということだろうか。どことなく雰囲気がケルビムに似ていたのは間違いではなかったようだ。


「そういえばリアニア姉妹はどうなんです?」

「あー、確かあの天使たちは熾天使セラフィム様の血縁関係にいるんじゃなかったですかね」


 まあラファエルだって昔は大天使から教えてもらっていたのだ。それに大天使と関係があったとしても最終的には本人の技量がものを言う。

 他愛もない話をしているうちに待機室の前に到着していた。俺がドアを開きながらラファエルに今日の競技をどう攻略するか質問をする。


「今日は昨日と違って別行動で、迷路の中で合流しないといけないみたいですよね。どうやりましょう」


 一度、部屋の隅に荷物を置いてから俺たちは椅子に腰掛けた。


「まずスタート地点から海斗くんは急いでゴールのボタンを探してくれませんか?」

「えっ? でもボタンは一緒に押さないと意味ないんじゃ……」


 説明を聞いていなかったのかと疑うくらいのことを言ってきたので聞き返す。そんな俺の言葉を聞いたラファエルは短くため息を漏らした。目を閉じてやれやれと首を横に振りながら俺に一言。


「潜在能力ですよ」


 一瞬それだけでは何を伝えたいのか分からなかったが、すぐに俺は言葉の真意を理解する。ラファエルの持っている潜在能力は相手の強く思ったことを読み取れること。すなわち俺がゴールを見つけて心の中で強く呼びかければ、たちまちラファエルに届き位置がわかるということだろう。


「そういう事ですか。なら俺は競技が始まったらすぐにゴールボタンを探しにいきますね」


 ラファエルが先にゴールを見つけて俺が迷路で彷徨えば終わりなのだが、その時はその時に考えればいいと言うもの。深く考えすぎずに思考をフラットにして通った場所を一つずつ潰していけばいいのだ。


「出場者の皆さん、グラウンドにお越しください」


 部屋に入って一〇分ほどが経つと、そんなアナウンスが流れた。


「今日はなんか早いですよ」

「うーん。今回のゲーム内容的に合流出来ない人は本当に合流出来なさそうですし、集合時間が遅いのもあるんじゃないですかね」


 競技のために必要なものが全て入っている俺のバックを手に取り部屋を出る。小部屋まで戻り前方の空いている扉からグラウンドへと向かう。数分も経つと出場者全員がグラウンドのテント下に集合していた。

 競技場に入っている観客は例によって話し声が多く聞こえる。しかし出場者の集まるテント下では朝と打って変わり独特の緊張感が走っていた。ピリピリするような感覚でなんとも居心地が悪い。


「出場者の皆さま、大変長らくお待たせいたしました。こちらにある円の中へとお入りください。只今から本日のゲーム会場へ皆さんを一斉に移動させます」


 今日ばかりは実況よりも先に実行委員が話しかけてきた。実行委員に引っ張られて競技者二七組は正面左側に書かれている白い円の中に入る。円に何か仕掛けがされているわけでは無いように見える。

 ならばどうやって俺たちをこの場から少し離れた移動させるのだろう。疑問に思っているのは俺だけでは無いようで、周りにいる天使もきょろきょろ見回している。


「お待たせしましたー!」


 会場全体もざわつき出した頃、いきなり上空から聞き覚えのある明るい声が響いた。出場者だけでなく観戦者までもが首を真上に上げる。


「誰かと思えば座天使のトロノイか……」


 彼女の姿を見ても俺はあまり乗り気では無かったのだが、会場や周りの競技者は違った。天界で大天使に会うというのはよほど嬉しいことなのか姿が確認できた瞬間、会場が湧き上がった。

 ファンサービスなのかトロノイは上空で全員に笑顔で手を振る。行動一つ一つに拍手が上がるあたり、人気を博しているのは確定だろう。


「今から競技をする人はみんな円の中に入りきってね」


 手を振るのは程々にしたトロノイはこちらへとやって来て円に手を当てる。誰も円に入っていないことを実行委員から伝えられると彼女は両手を勢いよく上げきった。そこで目を開けられないほどの風が全身に吹き荒れる。

 思わず瞼を力強く閉じるが、数秒も経つと俺に吹き付けていた風が止んだ。耳元でビュービューとなっていた風が止み静かになったのは良かったのだが、その静けさは異様なものだった。


「こりゃすごいなぁ」


 俺は先ほどまでは競技場にいた。しかし目を開けてみると前には大きな立方体、つまりは第三ゲームの舞台が佇んでいたのだ。感嘆の声を漏らしてしまった俺ではあるが、一つの事実に気付かされる。

 今回のゲームでは立方体の中に作られた迷路が舞台となる。そして立方体の一辺は一〇〇メートル。改めて見てみるとその大きさに驚かされた。


「皆さんお待ちしておりました。こちらでスタート位置のくじ引きをするのでお越しください」


 三人の審査員のうち一人が俺たちの前に現れると手を挙げてそう言う。


「一列に並んでいただいてこの箱から一枚の紙を引いてください。スタート位置は特に有利不利が分かれるところでは無いので、ずっと選ぶことがないように注意をお願いします」


 二七組五四人が一列に箱を持っている審査員の元で並ぶ。案内された通り全員、くじ引きには時間を取ることなくスタート位置の書いた紙を取る。ちなみに俺の紙には『中段、三辺目四号室』と書かれていた。


「紙に上段と書かれていた方は私の元へ、中段は私の左側にいる天使、下段の場合は一番左側の天使の元へと向かって下さい」


 実行委員に言われた通り俺は真ん中で手を上げている天使の元へ向かう。中段を引いた天使が並んだのを確認したのか、立方体の方へと歩き出す。正面の左側にある階段を登るとマンションの廊下のように扉が点々とあった。実行委員の人が中段の紙を引いた人、全員に聞こえる声量で言う。


「この扉の横に書いてある番号と自分の引いた紙が同じになる場所へ向かって待機をお願いします」


 そう言われて俺は前の人に着いて行くように歩いて行く。立方体の角を一つ曲がり二つ曲がった時、ついに俺がくじで引いた部屋番号が書かれた扉を見つけた。


「ここか……どうにかしてゴールを一番早く見つけないとな」


 左右には俺と同じように天使が扉の前で待機している。一分後、立方体の廊下の角に設置されていたスピーカーから今日初めて実況の声が聞こえてきた。


「出場者の皆さん、ただいまより第三ゲームの開始音頭を取らせていただきます。私の合図とともに扉を開けて中へと入ってください! 三、二、一……スタート‼︎」


 スピーカーから聞こえる実況のスタートと共にこの場にいる五四人全員が一斉に立方体の中へと入っていく。

 ついに大天使大会決勝進出をかけた第三ゲームが幕を開けたのだった。

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