クロッカスの謀殺
山田 汐- やまだうしお -
第1話 白色の少女
この村は、いつだって鶏の鳴き声で始まる。
同じ時間に同じ道を歩き、同じ言葉で挨拶を交わす人々。
畑を耕し、家を磨き、神棚に手を合わせてから一日を始める。
そうして、何十年も同じ季節を繰り返している。
まるで、それ以外の時間なんて存在しないかのように。
誰も怒鳴らず、誰も泣かず、笑うタイミングすら揃っている。
一見、穏やかで平和な村。
けれどその“静けさ”は、音が吸い込まれるような、妙な不気味さを孕んでいた。
この村の「普通」は、生き物みたいだ。
どこまでも柔らかく、穏やかな顔をしているくせに、少しでも異物を見つけると、容赦なく飲み込んでくる。
俺にはそれが、「怪物」に見えた。
この村の静けさは、音を吸い込む怪物のように、俺をじわじわと締め付けてきた。
いや、もしかしたら——この村に住む全員が、その怪物の一部なのかもしれない。
両親が離婚して村を出ていったのは、
小学校の終わり頃だった。
祖父母の家に俺だけが取り残され、家族はばらばらになった。
あのときの寂しさは、いつまで経っても薄まらない。
同級生に「親に捨てられた」「村を捨てた裏切り者の子供」と噂され、
そのうち机に落書きされたり、靴を隠されたりするようになった。
祖父母は優しかったけど、それだけじゃ埋まらない何かがあった。
この村には、「いないこと」にされる痛みが、確かに存在していた。
凛と初めて会ったのは、中一の春。
真っ白な髪で転校してきたその姿は、
いかにも「浮いて」いた。
彼女は誰とも目を合わせず、ただ机の端を、爪で弄っていた。
祖母の住むこの村にたった一人で越してきたのだと、無口な彼女の代わりに担任の先生が説明していた。担任の声が、遠くで響く。
俺は、彼女の指が震えている事に気付いた。
ほんの少し、爪を噛む仕草が、何故か俺の胸を締め付けた。
彼女は誰にも深く触れられず、誰のことも触れようとしない。
はぐれ者同士の俺たちは、距離を縮めるのに、そう時間はかからなかった。
とはいえ、俺たちはまるで正反対だった。
名前の通り凛とした彼女と、ただの小心者の俺。
でも、その正反対が、不思議なほどにしっくりきた。
凛に振り回される毎日が、俺は嫌いじゃなかった。
この村の中で、ちゃんと「音」を持ってる人間は、恐らく、彼女だけだった。
村から浮いて、誰にも寄りかからずに立っていた俺たちは、一人きりじゃなく、二人きりになっていた。
家に居たくないんだと、凛は言った。
「あの家、夜になると声が聞こえるの。おばあちゃんが呪いごとの話ばっかりしてたから、壁に声が染み付いているみたい。おばあちゃんには不思議な力があるんだって。気持ち悪いよね。」
俺たちは夜な夜な浜辺で集まるようになり、
お互いの耳にピアスを開け、酒を飲みながら煙草をふかした。
凛は自分の真っ白な髪を気にしていた。
それがストレスのせいだと知ったのは、知り合って何年か経った頃だった。
「朝起きたら、パパとママがリビングで殺されてたの。それから私、こんな髪になっちゃった。
おばあちゃんも、染めろ染めろって言うんだけどね」
そう笑う凛が酷く痛々しく見えた。
次の日、俺は髪を真っ白に染めた。
「あんまり似合ってないよ」
と、凛は笑った。
けれど、俺は結構気に入っていた。
凛と同じ色だと言うことが、ただ単純に嬉しかった。
「ずっとこの時間だけ、続けばいいのに。」
煙草の煙を吐き出しながら、凛がぽつり、言った。
「どういうこと?」
「…なんでもない、ただ、この夜の時間だけが楽しくて。」
照れくさそうに凛は笑った。
よく分からなかったけど、俺も、凛の隣で笑っていた。
最初こそ俺たちを「更生」させようと躍起になっていた村人たちも、
彼らの関心はやがて諦めへと変わり、
その目は「異物」を見るような、遠巻きの光へと変わっていった。
俺たちは「村の外側」に立たされたまま、
そこから動こうとしなかった。
その方が、よっぽど息ができると思ったから。
——そして、その夜が来た。
あの静けさを破る、最初の音が鳴った夜だった。
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