第6話 異変

「さて、そろそろ戻るか。」

ヴィクターは大きく伸びをしながら、ウィルと共に図書館を後にした。


図書館の外に出ると、廊下は妙に静まり返っている。普段なら部活帰りの生徒や、委員会の仕事をしている生徒の姿がちらほら見えるはずだが、今日はほとんどいない。 


(今日はやけに静かだな…?)

そう思いながら歩いていると、ふとウィルが足を止めた。


「...先輩、ちょっと待って」


「ん?どうかしたか」


ウィルは後ろを振り返る。


「いや....さっきもここ、通りませんでした?」

「...え?」


「....おかしいですよ....だってほら、」

ウィルは顎に手を当て、訝しげに廊下を見渡した。


「さっきと、まったく同じ風景なんです。」

言われてみれば、何か違和感がある。まるで同じ場所をぐるぐる回っているような....


「きゃっ!」


角から飛び出してきた女の子がヴィクターと勢い良くぶつかり、ヴィクターは咄嗟に抱き止める。顔は少し青ざめていて、瞳には涙を溜めていた。


「どうした?」


女の子は今にも泣きそうな顔でヴィクターを見上げる。


「ご、ごめんなさっ....さっきからこの廊下抜け出せなくて....ずっと同じとこ回ってて、怖くて...」


震える手を押さえていて、呼吸も浅い。遂にはぽろぽろと泣き出してしまう。


「....君はどこから...」

そう言いながら俯く。


よく見ると、ヴィクターたちが今通ったはずの場所に、自分たちの足跡が残っている。


「...ははっ..まじかよ...」

その言葉を引き金にしたかのように、静寂を裂く鋭い音が響く。


パチン——パリン!


廊下の灯りが一つ、二つと、まるで順番を守るかのように立て続けに割れ始めると、ガラスの破片が鋭く飛び散り、反射する光が壁に一瞬だけ乱反射する。


ヴィクターは咄嗟に庇う様にして、着ていたローブで女の子を覆う。


困惑しながらもヴィクターは半ばパニックになり、泣きじゃくる女子生徒の背中をさすって落ち着かせる。


あっという間に周囲は半分闇に沈み、残された明かりも今にも砕けそうにチリチリと軋んでいた。


「.....やっぱり、異常...です...よね。」

ウィルが息を呑み、辺りを警戒する。


「ああ。」ヴィクターは短く答え、眼を細めた。


これは偶然ではない。空間が歪み始めている。

明らかに魔法による干渉が原因だ。


一息ついてウィルと目配せしながら事態を共有する。とりあえずウィルはここ一帯を見て回り、退路がないか確認することになった。


手元にいる女子生徒はというと、震えは暫く経っても治まらず、足元もおぼつかない様子で、今にも倒れそうなほどだった。


「大丈夫........ではないよな。」


地面に座らせた後も顔色は悪く精神的にすり減っている様だった。ヴィクターは小さく息をつき、女子生徒の目線と合うように自らもしゃがみ込むと、こう言った。


「ちょっと目、閉じて。...おまじない。」


ヴィクターの指先が、瞳を閉じた彼女の額にそっと触れる。ほんの一瞬、触れた場所がほのかに光った。女子生徒の顔色もふわりと戻る。


「...これで少しはマシになる。たぶん。」

そう言って一連の動作で少し乱れた髪を治す様に頭を撫でる、その声はいつもより少しだけ優しい気がした。


「先輩!やっぱりダメです、出口はありません!!」


少し離れたところからウィルの声がする。


「....そうか」


ただの違和感が、確信に変わった瞬間だった。

いわゆる不測の事態。


助けが来るのを待つ?何もせず待機?そんな選択肢、ヴィクターにはあるはずも無く。


「面白くなってきた....どうやら、ただの迷子じゃ済まされそうにないな。」


そう言って彼は不敵に笑うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る