《アキラ先生と ひなんくんれん》

ケースには手書きでこう記されていた。


> 《アキラ先生と ひなんくんれん》

(災害時対応・導線・封鎖手順)




開封済みの封筒には紙切れが1枚だけ。


> 「さいしょのベルが鳴る前に、本当の道を覚えてください。間に合わなくなります」





---


冒頭、チャイムが鳴る。

映像は、教室の隅に設置された古いTVモニターに切り替わる。

そこに現れるのは、“いつもの”アキラ先生。


今回は、防災頭巾をかぶっているが、後頭部が潰れていて左右非対称。

声は陽気だが、音声がわずかに遅れて届く。


> 「きょうは たいせつな ひなんくんれん!

でも これは おべんきょうじゃ ありません。

ほんとうに なるかもしれない だいじな じゅんびです」




先生が示す避難経路図には、教室、廊下、昇降口などが描かれているが――

地図の“外枠”には黒く塗り潰された区域があり、「ここには いってはいけません」とだけ書かれている。


生徒たちは避難の訓練を始める。

が、カメラの視点は子どもたちではなく、非常ベルのスピーカーの裏側からずっと彼らを見つめている。

廊下を歩くたびに、なぜか児童の影が一人ぶん足りなくなる。


アキラ先生の声が響く。


> 「おかしもち わすれずに!

でも “かえってこないひと”のことは きにしない!」




次の場面。避難経路の途中、非常扉が映る。

だがその扉には、“校内で使われていない教室番号”が貼られている。

先生の指示で、児童の一人がそこを開ける。


中には、既に整列して待っている子どもたちがいる。全員、同じ顔。同じ姿勢。

そして、開けた児童を見て口を開く。


> 「ちがうよ。おまえは にげちゃ だめなほうだよね?」




画面が切り替わる。校庭の避難集合場所。

しかし、教師は誰もおらず、グラウンドに置かれたのは何も書かれていない名札が並ぶだけ。

並んだ子どもたちは誰も声を発さず、ただ一列に並ぶ。


アキラ先生の声が最後にこう語る。


> 「“ひなん”っていうのは、たすかることじゃありません。

“にげのびたふり”をして、みんなといっしょに いなくなることです」




画面が暗転。

最後のテロップは、火災報知器の音と同時にゆっくり現れる。


> 「つぎのベルが なるまえに、ちゃんと おさらい しましょうね」

「いちばんさいしょに にげるのは――きみ かもしれませんから」





---


このビデオが再生された学校では、


訓練のたびに点呼の人数が合わない


児童が「扉の向こうにも“クラス”がある」と証言


防災頭巾の中に、誰のものでもない写真入りの名札が入っていた



という報告が相次いだという。



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