第一章 "闘争の始まり"

ウラジオストク編

第一部 "絶望の地平を越えて"



一九六一年一月。


二十歳になった僕―セルゲイ・スモレンスキーは、軍閥の争いに嫌気が差していた。


命を賭けた戦闘も、机に座ったままで実戦もしたことがないであろうおいぼれの勢力拡大の野心も、僕には何の価値もなかった。


だから――僕は逃げた。


愛銃と、わずかな所持品を背負い、

凍てつく風が吹き荒れる大地シベリアをひたすら東へ進む。


目的地はウラジオストク。

この無政府地帯シベリアの中で、日本占領下により比較的"平和"と呼ばれる場所。


軍閥で働くようになってから、よく耳にするようになっていた。


価値のない戦いをやめて生き延びるためには、そこへ行くしかない。


旅の途中、狩猟で食いつなぎながら進む中で、一人の老人に出会った。


彼は旧ソ連の赤軍兵士だった。


「……なぜ、ウラジオストクを目指す?」


老人は鋭い目を向ける。


「そこは我らロシアの大地を踏みにじったナチの盟友、大日本帝国の占領地だ。

行ったところで、ロシア人は"劣等民族"として扱われ、仕事にありつくことさえ難しいだろう。」


僕は少し間を置き、静かに答えた。


「それでもいいんです。僕はもう、"人を殺す仕事"をしたくない。ただ、普通に働いて、普通に生きて、普通に死にたい」


「裕福になりたいとも、家族を持ちたいとも思わない」


しばらくの沈黙のあと、老人は低く笑った。


「夢を持つのは勝手だがな――今の時代、その"普通"が一番難しいのさ。」


「…何が言いたいんです」


彼は重苦しく


「つまり…調子になるなよ。若造ってことだ」


「現実はそんなには甘くはない、どうせ……いや、まあお前さんの人生だ。せいぜい足掻けよ」


僕が「それでは」と、駆け足でその場を離れようとした時、老人は食料と弾薬を差し出した。


「私はもう、長くはない。先の大戦での死に損ないだ。お前さんのような若いもんに、せめてこれを託したい」


正直、弾薬は重いし、狩猟でも罠に頼ってばかりで、銃はあまり使わなかった。

だが、僕は黙ってそれを受け取ると、再び歩き出した。


僕の背中には、老兵の重々しくも凛々しい視線が突き刺さる。

だが、それは僕を前に進めるような気がした。


道中の村々は荒廃していた。


連日のように続くシベリアへのドイツによる爆撃。それによるものだろう


木造の家々は朽ち果て、鉄筋製の建物も廃墟と化し、かつての生活の痕跡は風に吹き飛ばされている。


バラックが何十棟も並ぶ道を進む時。


生き残ったわずかな人々は、旅人の僕に目もくれない。


彼らの目には、ただ飢えと渇望だけが宿っていた。


「おい!税を出せ!」


ここを支配する軍閥の兵士達がバラックの扉を蹴り破っていく。


「やめてくれ、我らは生きるのも精一杯なんだ」


実際の年齢よりはるかに老けて見えるあの家族の大黒柱が懇願した。


しかし、それをまるで耳に入っていないように彼らはバラックの中に押し入った。


僕はそれを黙って見るしかできなかった。


強者に支配され、弱者はそれに従う。

それが出来なければ死ぬことになる。


それがここシベリアのルールだ。


「ガハハハハ!」


バラックから食料が入っているであろう箱を持った兵士達が出てくる、

家族達はそれを見送るしかなかった。


彼らが去った後、僕も旅路を急ごうとした。


しかし、僕は彼らを見殺しにはできなかった、彼らも僕と同じように人間だ、それが直接的な解決にも繋がらない。

彼らの苦しむ生活を長引かせるだけだ。


だけど、それでもいい

僕には関係の無いことだ。


少し前に燻製した鹿肉を持って、あのバラックに向かう。


「おい」


扉を叩きながら呼びかける、

すると痩せこけた少女が扉を開けた。


彼女も栄養失調のためか身長も低く、まるで骨が歩いているみたいだった。


扉の奥では先程の父親と、母親と見られるものが冷たい地面に寝そべっていた。


「ん」


僕は肉を何枚か彼女の胸元にやった


彼女は混乱していたが、僕は押し付けるように渡した。


僕は彼女の頭を撫でてやった。

そして背中を向け歩き出す。


これを彼らはどう思うか、気持ち悪いと思われるだろうか。偽善者と思われるだろうか。


まあ、僕には関係ない。


冷たい風が僕の肌を突き刺す中、背後から声が聞こえた


Большое спасибо!ありがとう!


彼女の精一杯の声なのだろうが、それはとても弱々しく聞こえた。


しかし、僕はそれが一番嬉しかった。


人を殺すのでは無く、助けることの方が何千万倍も心地がいい。


僕は片手を上げ、返事をした


Пажалуйстаどういたしまして


そうして、また僕は旅路を急いだ。

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