第16話
──わああああん!!
依頼人の声に隠れるようにして、その泣き声は聞こえてきた。
「っ!」
「、ギルバートさん? 何か──」
「退いてください!」
一も二もなく席から立ち上がり、扉の近くにいたエレナさんが止めるより先に僕は部屋から飛び出す。
後ろで何やら依頼人が騒いでいた気がするが、そんなことはどうでもいい。
最も優先すべきは、ただ1人の少女なのだから。
泣き声が聞こえたのは建物内で間違いない。
そしてレイカさんが待機していたのは1階。
僕が現在いる3階、その中心部分は1階まで続く吹き抜けになっている。
1階から見上げれば、そのまま3階の天井部分にあるシャンデリアが見える設計だ。
僕は部屋を出てすぐのところにある手すりから身を乗り出すと、すぐに1階にて泣いているであろうレイカさんの背中を見つけた。
そしてそんな彼女に対峙するように立っている女も視界に入る。
「あの女……ッ!」
木製の手すりに足をかけ、僕は2人の間を目掛け、思い切り飛んだ。
僕に来た指名依頼の内容は、大したことのない内容だった。
この街から少し離れたところにある、ソリデュの森を通過するから、その護衛をしてほしい。
ただそれだけの依頼。
だからこそ違和感があった。
そんな依頼なら、わざわざ僕に頼まなくて良い。
というか、そもそも指名依頼する必要すらないだろう。
この依頼ならDランク冒険者が数人いれば、何ら問題なく依頼をこなせる。
わざわざCランクの僕に依頼してくるようなものではない。
それに、僕がCランクの降級したことを依頼してきた貴族は知らないはずなのだ。
ならば尚更おかしい。
(──最初から僕とレイカさんを引き離すのが目的だったんでしょうね)
やはり無理にでもレイカさんをそばに置くべきだったと後悔する。
しかしそんな後悔をしていたのは一瞬だけだ。
僕が足場にした木製の手すりからは、飛んだ直後にバキリと嫌な音がした。
あとで修理代を払わなければ。
着地する直前、レイカさんと対峙していた女がこちらを見て、忌々しそうに顔を歪めたのが見えた。
「このっ、蛆虫が……!」
「ハッ、本音が出てらっしゃいますよ、マリアンヌ様?」
女──マリアンヌ・ヘルソンは、その僕の言葉を聞いて、ますますキツく顔を歪めた。
とても聖職者──それも司教とは思えない、大衆には晒せない顔をしている。
しかし瞬きしただけで、その表情は聖職者らしい清廉そうな顔になる。
「あら、何のことでしょう。私はその子を保護しに来ただけなのですけれど?」
「わざとらしいことこの上ないですね。保護? 確保の間違いでは?」
「まあ。私がそのようなことをする理由が、一体どこにありまして?」
背中にレイカさんを庇いながら、彼女を睨みつける。
と、そこで「あのぅ……」というレイカさんの声が聞こえて、僕はマリアンヌを視界に入れたままレイカさんの方を見た。
いつの間にやらレイカさんは泣き止んでいて、それどころか何故か申し訳なさそうな顔でマリアンヌの方を見ている。
その片手には黒いローブが握られており、恐らくマリアンヌが着ていたのだろうと思った。
レイカさんは僕の背から顔を出して、おずおずとローブをマリアンヌに差し出す。
「あの、ごめんなさい。ローブ取っちゃって…………、えっと……その服じゃ、寒いですよね」
「…………、……」
その服。
マリアンヌが着ているその服は、女性の聖職者1人1人に合わせて作られる神聖な服とされている。
それは間違いない。
間違いないが──確かに上に着るものを必要としそうな、“寒そうな服”であることもまた、間違いない。
大きく胸元の空いた服。両側に大きくスリットの入ったスカート。何故か空いている背中。
他にも布面積を減らすための(気色の悪い)努力が垣間見えてしまって、レイカさんは申し訳なくなったようだった。
僕はここ数年でそんな格好の人を何度も目撃していたため、違和感がだいぶ薄れてしまっていたが、冷静に考えると確かにとんでもない格好をしている。
冷静に考えなくてもとんでもない格好をしている。
「……っ、……〜っ!!」
顔を真っ赤にして何も言えなくなっているマリアンヌを見て、僕は若干、本当に若干だが同情の念が湧き上がってくるのを感じた。
異性であるため正しく理解できてはいないのだろうが、ああも下心が丸見えな服を着るのは、精神的にかなりストレスとなっていることだろう。
「……っ!」
真っ赤にした顔を歪めながら、マリアンヌは黒いローブを半ば奪い取るように受け取った。
「ふ、ふん! 今日はこの辺に──」
「あと落としたフランチュの代金、800ウェンください。落としたところの掃除もしてください」
逃げようとしたマリアンヌの三下のような言葉をレイカさんが遮った。
気がついていなかったが、そういえば確かにレイカさんが大事そうに食べていたフランチュが、レイカさんの手元からなくなっていた。
見ればすぐそばに無惨な姿で落ちていた。
まだ三分の一ほど残っているが、流石にもう食べないほうがいいだろう。
「おい、何の騒ぎだ?」
そんなギルド長の声が聞こえて、マリアンヌは逃げようとしたので、僕はすかさず足払いをしてそれを阻止した。
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