第2話 出会い

 

「似合ってるわよ、レナ」


 そう、セリーヌが言う。

 レナというのは、リリーの偽名だ。

 リリーの噂を知っている人は多い。しかし、顔まで知っている人は少ない。

 そう言う訳で、偽名を使うのだ。



「なんだか、まだ慣れないですね」

「大丈夫よすぐになれるわよ」

「ええ」

「今日からバシバシこき使うから覚悟してよね」

「分かってます」


 仕事を貰えるというのは幸せな事だ。

 何しろ、生きるすべが分からなかったのだから。


 リリーは、今の自分の姿を見る。質素な制服姿だ。

 だけど、これでいい。これで、今日から生きていくのだ。



 そして、開店の時間となった。


「いらっしゃいませ」


 そう、リリーは来たお客さんに対し一礼をする。


「ご注文は何ですか?」

「じゃあ、これを頼むよ」

「分かりました」


 彼女の仕事は客に注文を訊くことと、客に料理を運ぶことだ。

 質素な店だが、客はそこそこいる。

 おかげでそこそこの忙しさでやりがいを感じられる。


 暇でもなく、忙しすぎもない、ちょうどいい感じだ。


「どうぞ」

「ありがとう」


 ありがとう。そう、客に言われることが今のリリーにはとても嬉しかった。

 何しろ、今までお礼なんてほとんど言われたことが無かった。

 なのに、今は食事を運ぶだけで言われるのだから。



「なあ、これが欲しいんだが」


 だがそんな中一人、リリーに対しため語で話す客がいた。

 一瞬リリーはイライラっとしたが、そういうお客様もいるものだと割り切って、「はい、かしこまりました」と笑顔でいう。


 そして、セリーヌに言って料理を作ってもらう。

 リリーはその出来上がりを待つまで裏で待機する。

 客は減ってきたから、だいぶ忙しさがマシになった。



 そして、数日間、暫くおとなしかった彼だが、ある日の食事終わりに、「ちょっといいか?」そう言って一人の男がリリーに話しかけて来た。


 毎日、ため語で話してくる人だ。


「なんです? 私は暇じゃないんですけど」


 そう、貶すように言った。

 事実営業時間外に客に付き合う必要はない。

 仕事ではない。笑顔を維持する必要もないだろう。



「そんなこと言わないでほしい。もう店は終わりだろ。少し付き合って欲しい」

「はい?」


(どういうことなのかしら)


 色恋沙汰は避けたいところだ。

 こんなの、ナンパだ。

 今はまだ恋愛なんてしたくない。


「ごめんなさい」


 そう言ってリリーはその場から逃げ出す。

 恋愛で嫌な目にあったところだから。


 そしてその場に置いてかれた男。

 レノルド アトランガルはその後ろ姿を見て軽く顎を触りながら首を縦に振る。


(気丈な女だ。そう甘くはないか)


 そう思った。まさか今まで全然見つからなかった、妃候補が、こんな一瞬で見つかるなんて。

 ただ、散歩をし、たまたま見つけた店に、お腹が空いたから入っただけなのに。


 しかも、彼女はどこかで見たことがある気がする。

 そこはおいおい調べていきたいが、この人しかないと思う。

 今まで感じたことのない感情だ。


 彼女と一緒に暮らすことが出来れば、何と幸せな日々が送れるだろうか。

 妄想で顔が緩んでしまう。


 さっさと、自分が王太子であることを告げたほうがいいのか?そう思うが、無理やり彼女を追う日にするわけには行かない。

 少しづつ、彼女の心をつかみたい、そうレノルドは思う。




「はあ、はあ」


 リリーは表立った道へと逃げ出した。息が切れている。

 恐ろしい男から逃げてきた。


(今度から出禁にしてもらおうかしら)


 そんなことを思った。働くのは楽しい。

 働くことにより、客の笑顔を見ることにより、嫌な気持ちを忘れることができた。


 だが、レノルドが出てきてからは別だ。今の自分に恋愛をする気はない。なのにあんな色眼鏡を付けた目で見られる。そんなに嫌なことはない。

 元々メルタイアとの結婚は政略結婚のようなものだった。だから、元々自由な恋愛をする権利はなかった。だが、状況が変わった。

 メルタイアの時は他人から、親から決められた結婚だから、好きになる努力をしたのだ。だが、今回は違う。


「本当、なんで私に……」


 かまってくるのだろう。

 リリーに価値が無いのに。

 メルタイアの心をつかみきれない、女性としての魅力の足りない私になんで……。


「それは君が気になるからさ」


 そう、いつの間にかリリーの後ろにいたレノルドがそう言った。


「……」


(何でここにいるのよ)


 リリーはとっさに距離を取る。そして、犯罪者を見るような目でレノルドをにらむ。


「そんな目をしないでくれよ。単に俺の方が君より足が速かっただけさ」


 事実レノルドは昔から剣の訓練を受けていて、その訓練の一環として走り込みをしている。

 リリーも決して足が遅いわけではないが、それでも男女の差が明確な差を作った。


「まあ、一瞬諦めかけたのは事実だけどな」

「そう……」


 そして、再び立ちあろうとするリリー。


 だが、それを止めるように、「待ってほしい」そう、レノルドが叫んだ。


「うぅ。何です?」


 おびえながら振り返るリリー。

 それを見たのかレノルドは軽く「ビビらせてすまん」と軽く謝罪の言葉を口にしてから、


「少しだけ一緒に来てほしいところがあるだけなんだ」


 そう、頭を下げるレノルド。

 それを見てリリーは少考する。だが、すぐさまリリーは決断した。

 逃げようと。



 そしてその場から一目散に逃げだした。


(すみません。今は恋なんて考えられないのです)そう、頭の中で謝罪しながら。


 それを見て「やれやれ」と言って、その場をゆっくりと経ち、城に戻る。

 少し強引に行き過ぎた。

 流石に焦りすぎた。


 少しづつ仲良くなったほうがいい。


 まだまだ時間はあるのだから。



「昨日は強引過ぎたと思う。すまなかった」


 翌日、レノルドは店に来て早々に、謝った。


「え、えっと」


 リリーがそれに対する答えに迷っていると、レノルドが即座に次の言葉を紡ぐ。


「俺は君と仲良くなりたいと思っている。もし、俺のことが怖くないと思うのなら、仕事後に、少しだけ俺に着いて来て欲しい」


 昨日はリリーのことをないがしろにしてしまった。

 リリーの意思を尊厳しなければならない。


「少し考えます」


 リリーは否定するわけでもなく、少し考えさせてと言った。

 レノルドがため口なのは少しイラつくが、それでも、完全に破綻しているわけではない。

 それに今日はため口ではない。

 それに段々とため口がましになってきているし。

 昨日も逃走するほどのことはなかったかもしれない。


 それに彼は、イケメンだ。メルタイアには劣るが、それでも十分に。

 まだ、恋愛のことは考えたくはない。

 しかし、こんな私のことを魅力的だと思ってくれている。


 思い切って新たな恋を探したほうが、気が休まるのでは?

 そう思うと、断れない。


 リリーは、仕事後に、レノルドについて行くことに決めた。



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