第42話
王子は騎士団に拘束され、倉庫から運び出された。彼の姿は、もはやかつての威厳も傲慢さもなかった。力なく垂れ下がった腕、うつろな瞳は、彼が何もかもを失ったことを物語っていた。
「連れて行け」
レオナード様の指示に従い、騎士たちは王子を引きずるようにして運んでいく。 静まり返った廊下に王子の靴が床をこする音が虚しく響いた。
私はそれを見送ったあと、レオナード様の隣を歩き倉庫から出てパーティ会場へと戻った。
パーティ会場は、かつての賑わいが嘘のように静まり返っていた。豪華な装飾、輝くシャンデリア、貴族たちが談笑していたテーブルもそのまま残されている。 だが、そこにはもう誰の姿もなかった。
(さっきまで、あんなにも賑やかだったのに……)
今はただ、残された食器やグラスが虚しく並ぶだけだ。 まるで『舞台が終わった劇場』のように、静まり返っている。
会場の中央では、フィオルド公爵が騎士たちに次々と指示を出していた。
「この場は我々が掌握した。 全員、落ち着いて行動しろ」
公爵はまるで全てを支配する王のように、的確な指示を出している。 彼がいるだけで、この場の混乱は自然と収束していった。
私はその様子を見つめながら、ふっと小さく息を吐いた。
(やっと、終わった……)
その時、隣にいるレオナード様と目が合った。彼は、いつもと変わらない穏やかな表情で、静かに微笑んでくれていた。
「公爵様の屋敷に戻るんですよね?お送りします」
彼の声は、柔らかくて優しかった。
「……はい、お願いします」
私は、そっと微笑み返した。 けれど、そのまま大人しく馬車に乗るつもりはなかった。
「でも、その前に……少し、寄り道をしてもいいですか?」
私の言葉に、レオナード様は少し驚いた表情を見せたが、すぐに頷いてくれた。
「もちろん。どこへでもお連れします」
その言葉が嬉しかった。 だから、私は自然と口角が上がった。
◇
馬車は静かに大聖堂の前で止まった。
久しぶりに目の前にした大聖堂は、以前と変わらずにそびえ立っていた。 どこか懐かしさすら感じさせる、厳かな建物だ。
(……あの時のままだ)
私は静かに扉を押し開けた。 中は静寂に包まれていて、厳かな空気が流れている。ステンドグラスから月明かりが差し込み、床には七色の光が淡く映し出されている。
(あの時と……同じ)
私は、そっと足を踏み入れた。この場所を去るとき、私はただ全てから逃げたくて。そして、レオナード様が迎えに来てくれて、彼と田舎暮らしを始めて。私の人生は変わった。
(あの時の私は、先のことなんか何も考えていなかった)
ただ逃げたかった。 未来も考えず、ただその日を生き抜くためだけに。
けれど、今は違う。
私は、祭壇の前に立つと、そっとポケットから指輪を取り出した。それは、歴代の聖女が身につけているから証の指輪。
「……これは、もういらないです」
私はその指輪を、そっと祭壇の上に置いた。そして、気につけていたベールも外し、同じように祭壇にそっと置いた。
(これで、私は……やっと『聖女』ではなくなる)
私はレオナード様の方を向いた。
「聖女を辞めてしまうのですね」
彼は優しく私に聞いてくれる。きっと私が続けると言っても今なら受け入れてくれるだろう。
彼は、ステンドグラスの光を背に、ただ静かに私を見つめていた。
「……私、結婚しようと思うんです」
静かに告げたその言葉に、レオナード様は少しだけ目を見開いた。
「前の婚約者とは、私が『聖女』だったから婚約したんです」
私は一歩、彼に近づいた。
「私は、私自身を見てくれる方と一緒に……『自由に生きる』道を選びます」
心の底から湧き上がる感情を、そのまま言葉にした。 嘘も、偽りもない、私の本音だった。レオナード様は、目を細めて、ふっと優しく笑った。彼が笑うと私の胸にぽっと灯る温かい光となる。
「手紙をここに置いたあの日は、先のことなんか考えられなかった」
私は静かに言った。
「ただ、逃げ出すことだけを考えていました。でも、今は、」
レオナード様の目を見つめる。
「この先の未来を考えると、楽しくて仕方がありません」
言葉が自然と溢れた。
そして、彼は私の目をまっすぐに見つめたまま、静かに口を開いた。
「……改めて、言わせてください。セシリア様」
彼は、私をまっすぐ見つめていた。まるで迷いのない瞳だった。
「君が『自由に生きる』道を選ぶというのなら……」
一歩、彼が近づいてきた。 その動きは静かで、けれど確かに私の胸に響いた。
「その道を、俺にも隣で一緒に歩かせてほしい」
彼の声は、どこまでも優しかった。胸がぎゅっと締めつけられた。 喉の奥が熱くなる。 だけど、言葉が出せない。 彼が、優しすぎる声で、優しすぎる想いを告げてくれるから。
彼は、静かにその場で片膝をついた。視線が一気に下がる。彼が、私の手をそっと取り、優しく握りしめた。
「セシリア様、あなたがどんな未来を選ぶとしても、」
彼がゆっくりと私を見上げ、真っ直ぐな瞳で見つめてくる。その目は、誠実さと、優しさと、そして決意で満ちていた。彼の手が、私の手を少しだけ力を込めて握りしめた。
「君のこれからを、俺に隣で見守らせてくれ」
そして、彼は静かに告げた。
「俺と結婚してください、セシリア」
言葉が、胸の奥にしみこんでいく。あまりにもまっすぐで、あまりにも誠実な告白に、胸の奥が熱くなった。気づけば、頬をつたう涙の感触があった。
「……本当に、」
自然と声が漏れていた。
「本当に、私で良いのですね?」
「もちろん」
レオナード様は、力強く頷いた。
(ああ、私は、彼が好きだ)
心の奥底から確信した。となら、何があっても私らしい人生を歩んでいける。私は、涙を拭いながら、大きく息を吸い込んだ。
「……はい!」
震える声だったけれど、確かな気持ちを乗せた。
「はい、私も一緒に……あなたの隣に立ちます」
私の言葉を聞いた瞬間、彼の顔がほんの一瞬だけ驚いたように揺れた。けれど、すぐに柔らかい笑みが浮かんだ。
「……愛してる、セシリア」
彼の手が、そっと私の手を包み込む。 その温かさが、胸の奥にまで届いた。彼が立ち上がると、私は彼の胸に飛び込んだ。彼も驚きながら、そっと背に手を回してくれる。
「……私も愛しています。レオナード」
彼の胸の鼓動が、優しく響いている。 私の鼓動と、彼の鼓動が、重なっているような気がした。
(もう、私は大丈夫だ)
聖女でもない、誰かの道具でもない。私は私で、彼と共に未来を歩いていける。
二人を照らすステンドグラスの光は、まるで祝福のように温かく、優しく、そっと二人の未来を照らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます