『悪魔の娘と、ひとつ屋根の下で。』

優貴

プロローグ『雨とツノと拾われた夜』


 その日、雨は朝から降り続いていた。


 放課後の帰り道、瀬川陽真はびしょ濡れの靴を引きずりながら、駅へ向かう商店街の裏道を歩いていた。

 傘はとうに壊れていた。誰もいない路地裏は、雨の匂いと古いダンボールの湿気で満ちていた。


「……ん?」


 ゴミ捨て場の横に、人影があった。

 小さな体が、段ボールの隙間に丸くうずくまっている。濡れた黒髪。白い肌。細すぎる手足。

 そして――頭から、ちょこんと生えた黒いツノ。


「え?」


 見間違いかと思った。けれど、次の瞬間、その子は顔を上げた。

 真紅の瞳が、ぎょろりとこちらを睨んだ。


「……見たな、人間」


「うわ、しゃべった……」


「そりゃ喋るわよ、バカ。あんた、ここで何してんの? 用事ないなら、とっとと失せて」


 幼いけど、鋭い口調。

 年齢は……せいぜい10歳くらいだろうか。

 けれどその目は、大人よりも深い孤独と警戒を湛えていた。


「ま、待って! こんなとこで、こんな格好して、風邪ひくぞ!」


「関係ない。あたし悪魔だから、人間の風邪とか、引かないの」


「え、やっぱ悪魔なの!?」


「……見て分かんないの?」


 ツン、とツノを指さす彼女。腰には、黒くて細い尻尾がくるんと巻かれていた。


 陽真は、ゆっくりとしゃがんだ。そして、差し出した。


「うち、来る? とりあえず、雨はしのげる」


「は?」


「そのままじゃ、死ぬぞ。死なないって言うかもしれないけど、ほっとけない」


 しばらく彼女は、じっと彼を睨んでいた。

 けれど、その視線は徐々に揺らぎ始め――やがて、小さくつぶやいた。


「……バカだよ、あんた。知らない悪魔拾うとか、死ぬより危ないのに」


 それでも、その小さな手は、陽真の差し出した手を、そっと握った。

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