『英雄たちの愛娘』~迷い込んだ世界にチートなんてありませんでした~

西日爺

1節 知らない世界

1.振り向くと、そこは知らない世界でした。

小さな公園の小さなベンチで肩を落としていた。今回は自信があったのだがそれでも天才は天才で、自分では全く勝てなかった。

「また負けた……」

手元の紙切れを見ると80や84と言った良い数値が並び、最後に「15」と書かれている。その数字が誇らしいとは思えず、ただただ悔しさの結果にしか見えない。

充分素晴らしい成績だ。今回のテストは難易度が高く満点者が居なかった。それでも上位陣はいつも通り、必死にしがみ付いている自分はそのちょっと下。この壁が超えられない。

「はぁ、バイト行くか。」

その紙を制服のポケットに押し込むと、駐輪所に止めた自転車の元へ向かう。こんな事に悩んでいるなら将来のためにもお金を作り、奨学金と合わせて大学に行けるようにするのが先だ。

「それでもなぁ……」

トボトボ歩きながら、ポケットの自転車の鍵を弄ろうとする。

「あれ?」

――鍵がない、ベンチに落としたかな?そう思い振り返った。



「は?」

そこはよく知る公園ではなく、座っていたベンチもなかった。綺麗な長い通路に窓から差し込む暖かい光、そこに壁にはドアがいくつかついており、通路の大きさを考えるにそこにはそれ相応の部屋があるのだろう。

「わー。すごい綺麗?」

思考を放棄した。ただ茫然と目の前の変化を眺めた。

光刺す窓の外は綺麗に整えられた植木や、その奥に同じように建物がある。遠くからうっすらと喧騒が聞こえているが、視覚の衝撃でその事に気づいていない。

――何これ?

口を半開きに、ただ目の前で起きた魔法のような出来事に何も考えられずにいた。


――ピッ、ピッ、ピッーーーーー!!!!!!


「ひっ!!え、何!?」

後ろの方で響いた笛の音に驚いて振り向くと、槍を持ち武装した人が走って向かってきた。しかもその槍をこちらに向けて威嚇しながらだ。

「何っ!?誰!?え、何なのここ!?」

信じられない状況に敵意がない事を示すために急いで手を上げたが、それでも相手は止まる様子が無い。

それどころか、後ろからもドタドタと誰かが来るような足音がする。ハッとして、顔だけ向けるとそちらからも複数人同じような服装の人が走ってくる。

「―――!!―――!!!」

「ごめんなさい何言ってるか分かりません何も悪いことしてません許して!」

向けられた槍と分からない言葉にそう悲鳴を返すと、向けて来た人は驚いたように目を見開く。

「―――!!―――!!」

分からない言葉と身振り手振りで周りの人たちに指示を出した様子で、囲んでいた人の何人かが誰かを呼ぶように走って行った。

「そ、そうなんですよ何も悪いことしてないので人違いごめんなさい許してください何もしてません」

動きに合わせて声をかけた瞬間に再び槍を、先ほどより近くに構えられた。何を言ってるかは分からないが『動いたら刺す』と言う意思がひしひしと感じられる。

「なんなんだよこれ……」

誰にも聞こえないぐらいの小さな声で呟かれた心からの困惑悲鳴は誰にも届くことは無かった。


この恐怖の中にどれくらいの時間居るのか、分からなくなってきた頃。

遠くから新しい、複数の足音が聞こえてきた。

「……―――?」

「―――」

「―――」

聞き耳を立てても、やはり言葉が分からない。

――俺、このままどうなるんだろう。

そう恐怖に震えそうになっていると、前で槍を構えていた人たちが左右に割れた。そこには、周りの兵士よりもしっかりとした意匠が凝った服装の男性が立っていた。槍は持っていないが、腰に1本の剣を備えている。

「……っ」

武芸に詳しくない俺でも分かる、全てを見透かされるような眼力と圧。体格は周りに居る兵士とそれほど変わらないのに、その一人で制圧できるのではないか、と思ってしまうほどに。

「―――。言葉は分かるか?」

「えっ、日本語!?」

その男性から流れて来た流暢な日本語に驚いて叫ぶ。

「やっぱりか。―――、――――――!」

「―――!!」

男性は確認が取れるとため息を吐き、周りにいた兵士に何かの指示を出した。すると今まで囲んでいた兵士は気にしながらも槍を下ろし、ほんの数名を残して離れていった。

ただ、状況が好転したかは微妙だ。日本語をしゃべった男性はずっと片手を剣にかけており、恐らくいつでも抜ける状態だ。下手な動きをしたら、それはもう笑う事が出来ない事態になるだろう。

「―――。ついてきなさい」

周囲の兵士に指示を出して散開すると、それまで何を言っていたか分からないが「ついてきなさい」と言う言葉とその男性が後ろを向いて歩きだしたので追いかける事にする。

すぐ後ろに兵士が1人ついてきているのには気づいているが、何も出来ないので素直に動く。

「こ、ここはどこなんですか?」

歩き出してすぐ、沈黙に耐えられなくなって声をかける。

「国家フォーサイシア。分かるか?」

国家フォーサイシア……聞き覚えも見覚えもない。それこそ、異世界に来てしまったかのように。

「いいえ……」

「そうか。分かる人を呼んでいる。逃げずに部屋にいなさい」

歩く速度は変わらないが、微妙に違和感のある言葉が優しく染みる。気にかけてくれている、その事が少しだけ救いだった。


「入りなさい」

5分と経たず歩くと、広い部屋へと連れていかれた。扉を開けたまま入っていくのでついて行くと、後ろに居た兵士も一緒に入ってきて、俺の後ろに立った。

部屋は小さいが手入れがしっかりされていて、豪華ではないがしっかりとした作りになっており、国の力を表しているかのようだ。

男性は慣れたようにソファに座ると、机を挟んで反対側にあるソファに座るよう、手で進められた。

「あ、あの」

「言葉は分かる。細かい説明は出来ない。待て」

そう言うと、「――」と何かを呟き、近くにあったピッチャーのような物に水が満たされた。驚いていると再び何かを呟き、細かい氷を入れた。

「ま、魔法……?」

「飲むか?」

「あ、頂きます」

目の前で見せられた信じられない出来事に反射的に返事をしてしまい、コップに注がれた水を受け取った。そのまま別の2つのコップに水を灌ぐと、後ろに立つ兵士にも水を渡した。

――気まずい。

何も聞くことが無いまま、ただ手元の水をちびちびと飲む。冷えていてとても美味しい。

「……あの!」

沈黙が辛くなり声をかける。男性は視線をこちらに向け、その後ろに立つ兵士は持っている武器をぴくっと動かし臨戦態勢に入る。

男性はそれを軽く手で制止する。

「お名前は何と言うんですか?」

兵士の動きにビックリしたが、出来るだけ気にせず言葉を続けた。するとすぐ笑みを返した。

「グレン。グレン・フィアレス。君は?」


「アズ、あ、いえ……ハジメ。ハジメ・アズマです。」

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