公爵令嬢アヴィナ・フェニリード -4-

 公爵家での生活に慣れ始めた頃、制服を注文する話が出た。


「学園の制服は定められた仕様の中で各家が趣向を凝らして仕立てます」


 仕立て屋を呼ぶ前の準備として、俺は養母の私室へ呼び出されて。

 おさらいをするようにあらためて説明を受けた。


「主な条件は、黒を基調とすること。一目してわかる位置に学園の紋章を入れること。

 男子はズボン、女子はスカートを着用すること。

 ……もちろん、繰り返し着用するものですから丈夫に仕立てることも必要です」

「自然と、家格により差が生まれますね?」

「ええ。過度な贅沢は品格を損ないますが、公爵家の一員として相応の品を纏わなければなりません」


 前にセレスティナの制服を見たことがある。

 二重スカートで袖もふんわり、左右の襟に学園と家の紋章が入った豪華な品だった。

 その制服は負傷兵の世話で汚れることになったが──彼女いわく「洗って落ちなければ替えを着るだけですわ」。


 男爵家時代の義姉たちの制服はアーバーグ家に比べるとだいぶシンプル。

 それでも服飾系の家柄だけあって多めに予算をかけていた。


「アヴィナは制服についてなにか要望があるかしら?」


 養母は奥の部屋へと俺を招き入れながら尋ねてきた。

 寝室と別に用意されたそこは「作業部屋」。

 イーゼルに絵具、油壷、筆、数多くのデザイン画などが整然と置かれた空間で。


「お養母さまはこちらでお仕事を?」

「仕事部屋は別にありますよ。ここは描きたくなった時にすぐ描くための場所なの」


 ネタ帳を持ち歩く漫画家みたいだがスケールが大きい。


「服飾画家として信念をお持ちなのですね」

「公爵家の一員として下手な仕事はできないもの」


 服飾画家は新しい服の原案や、お洒落に着目した絵を描く人材──つまりはデザイナーだ。

 仕立て屋は基本的に「原案」「製図」「製作」すべてできるようになっているが、外部の専門職に依頼することもある。

 特に貴族女性の中には服飾画家がけっこういる。


 公爵夫人は都でも有名な服飾画家の一人だ。

 彼女の考案した衣装は多くの貴族女性から注目されるという。


「アヴィナも描いてみたらどうかしら? きっと楽しいと思うわ」

「残念ながら、わたしに絵画の才能はないようでして」

「ふふっ。でも描いてはいるのでしょう? メアリィに持たせているのがそうかしら」

「はい。素人の手習いですのでお恥ずかしいのですけれど」


 俺の発言に促されたメアリィが紙束を差し出す。

 受け取った養母は「確かに絵は稚拙だけれど……」と呟いたものの、瞳はむしろ好奇心で輝いていて。


「面白そうだわ。詳しく聞かせてもらってもいいかしら?」

「かしこまりました。では──」


 俺は彼女の隣に座らせてもらい、絵の説明をする。

 自分の絵を人と覗き込むのはなんだかこそばゆい。


「制服は上下一体型、あるいは上下で分けるのが主流でしょう? それをより細かくしたいのです」

「本体と袖を分離したりスカートを重ねられるようにしたり、襟を取り外せるようにしたり?」

「はい。そうすれば、気候や気分に応じて手軽に変化をつけられます」


 夫人は「なるほどね」と頷いたうえで、


「あまりない考え方だわ。見た目を変えたければ何着も仕立てればいいもの」


 金持ちの発想である。


「この方法ならば、数着分の値段で数十着分の幅を持たせることも可能ではないかと」

「そうね。例えば、袖だけたくさん作ることもできるでしょうし。あれこれと組み合わせを考えるのも楽しそう」


 幸い、養母は「着替える」のではなく「組み替える」という発想に興味を示してくれた。


「部位ごとの接続はなにがいいかしら」

「ボタンを用いるのがおそらく簡単ですけれど、見栄えに影響が大きいかもしれません。

 紐で結わえるか、小さな金具を用いるか……お養母さまはどれが良いと思われますか?」

「そうね、私だったら……」


 軽く提案するだけのつもりが思いのほか話し込んでしまった。

 しかしその甲斐あってデザイン画はとても良いものに仕上がり、


「楽しかったわ。アヴィナ、またお話しましょうね?」

「はい、喜んで」


 養母との仲が少し深まったような気がした。




    ◇    ◇    ◇




 しかし、あのアイデアを採用してもらえて良かった。


 ああいう形式ならなにかと理由をつけて薄着になりやすい。


 袖の一部にメッシュを採用すれば肌をチラ見せできる!

 襟の付け替えで首を広く見せつつチョーカーをあしらうのも良い。

 授業によっては「動きやすくするため」と言い訳して丈の短いスカートにするとか……!


 なんていう本音はさすがに言えなかったし。

 自室に戻った俺がほっと息を吐いていると、扉を閉めたメアリィがぽつりと。


「あの絵を奥様が気に入られるとは思いませんでした」

「我ながらとても下手だったものね」


 デッサンについて多少わかっているだけで技術的には小学生レベル。

 正直俺も意外だったが、だからって少し正直すぎやしないか?


 気心の知れた仲ならむっとして言い返すところだが……。


 メイドたちとはまだそこまで打ち解けていない。

 苦笑と共にやんわりと返答すれば、


「私は、奥様が一からお考えになるほうが殿方の目を惹くと思います」


 黄色の瞳が真っすぐ俺に向けられてきた。


「アヴィナ様は素敵な方に見初められたいと思わないのですか?」

「だって、結婚は家同士の取り決めによって成立するものでしょう?」


 恋愛できるほど情緒も育っていないし、できる立場とも思っていない。

 養女として迎えられた以上、結婚も政略に用いられるだろう。

 どこまで伝わったかはわからないものの、彼女は「それはそうですが」と口ごもって。


「アヴィナ様は学園で、殿方と交流を密にするべきだと思います」


 一転、笑顔でそんなふうに進言してきた。




    ◇    ◇    ◇




「ねえ、エレナ? メアリィってどんな子なのかしら?」


 就寝前の時間。

 寝床を整えてくれた専属メイドを呼び止めて尋ねてみる。

 膝の上にはふわふわの綿毛ことスノウ。

 動物効果もあって室内の空気はゆったりしている。


 けれど、エレナは濃紺の瞳をかすかに揺らめかせただけで。


「具体的にどのようなことをお知りになりたいのですか?」

「ん……そうね。好きなことや嫌いなこと、とか」


 俺が答えると、姿勢を正したままで少し考えるようにしてから、


「エレナと私はそれほど親しくはありません」

「あら、そうなの?」

「はい。ですので正しく回答できるかわかりかねますが……」


 既に今日の役目を終えたメアリィが部屋を訪れる可能性はほぼない。


「好みは、お洒落と異性──でしょうか」


 想像、というか今までの印象通りの答えだ。


「それじゃあ、嫌いなものはわたし、だったりするかしら?」

「……彼女は、アヴィナ様に特別な感情を持っていないかと」


 若干の躊躇と共に紡がれた答え。

 一見すると擁護しているように思えるが──特別な感情がない、というのは「好きでも嫌いでもない」という意味にも取れる。

 仕事だから仕えているだけだと。


 俺はやってきたばかりの養女。

 個人への忠誠がなくて当たり前だとは思いつつも──。

 俺はエレナに「どんな答えでも罰したりしないから答えてくれる?」とさらに質問を投げかけた。


「エレナも、メアリィと同じ考え?」


 やはり、彼女はだいぶ迷った様子を見せた後で、


「理由はおそらく異なります。ですが、私もアヴィナ様に特別な感情はございません」


 やっぱりそうか。

 お前なんか好きでも嫌いでもねえよ、とはっきり言われるのはさすがに少し胸が痛む。

 しかし、怒らないと約束した以上はなにも言わない。

 ただ微笑んで、


「そう、ありがとう。もう下がっていいわ」

「───かしこまりました」


 俺なりに大人の対応をしたつもりだったが。

 エレナは一礼して退室する前に、かすかに虚を突かれたような反応を示した。

 しんと静まり返る室内。

 みゅみゅ? と、スノウがこちらを見上げてくる。


「大丈夫よ。……けれど、そうね。このまま放っておいてもいいのかしら」


 部下との付き合い方、というのは今も昔も、世界が変わっても難しいものである。

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