第40話 新聞
あの事件からさらに一ヶ月。
やっと打撲や捻挫の痛みもなく体調も戻り、先生からの外出許可も下りた私は母のお墓参りに来ていた。
本当なら祝言が決まった時期に報告がてら来る予定ではあったのだが、あの事件があったことで今日まで延期になっていたのだ。
久々に行った母のお墓は、祖父母がたまに来ているのか多少の手入れはされていたものの、雑草は生え、墓石は薄汚れてしまっている酷いありさまだった。
それを見かねて私が周りに生えている雑草を抜き始めると、有馬様も一緒になって雑草を抜き始めてくれる。私が有馬様がするのを止めようとすると「一緒にやったほうが早いから」と押し切られ、結局墓石の掃除まで手伝わせてしまった。
(お母さん。今までお墓参りに来れなくてごめんね。お母さんが亡くなってから実家では色々とあったけど、お母さんの言う通りにまっすぐ前向きに生きたおかげで、私は今有馬様と結婚できてとても幸せだよ。これからも有馬様と一緒に幸せに暮らして行くから、どうか安心して見守っていてね)
有馬様と二人で綺麗にした母のお墓の前で手を合わせる。
今まで実家にいたころは叔母から強く咎められていたせいで母の墓参りには一切行かせてもらえず、今回かなり久々の墓参りになってしまった。だからそのぶん、母に今までできなかった報告をたっぷりとして、母が安心して眠れるようにしっかりとお祈りした。
ふと隣を見れば、有馬様が真剣な表情で手を合わせていた。
私が有馬様はどんなことを祈っているんだろうと考えながら見つめていると、不意に目が合う。どうやらあまりにも見すぎてしまったせいで、私の視線に気づいたようだ。
「ん? もういいのかい?」
「はい。色々と報告や感謝などができましたので。有馬様は? 何を祈ったんです?」
「僕は真直さんを産んでくださってどうもありがとうございますとか真直さんのことをこれから一生守りますとかの報告してたよ」
さらっと臆面なく答える有馬様に、聞いたのは私のはずなのに羞恥で顔が熱くなる。
ここで恥じてはまた揶揄われてしまうと思っても、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいわけで。有馬様に何と返せばよいかわからず、ギュッと腕に抱きついた。
「……ありがとうございます」
「ふふ、可愛いなぁ。どういたしまして。また、祝言が終わったら報告がてら一緒に来ようね」
「はい。あと、お掃除もどうもありがとうございました。おかげさまでとても助かりました」
「いいんだよ。僕のほうこそ、真直さんのお母様に挨拶させてくれて……ここに連れてきてくれてありがとう」
(あぁ、有馬様と結婚できてよかった)
例え既に亡くなっていたとしても母を大事にしてくれる有馬様と結婚できて本当によかったと実感する。
だからこそ、私も有馬様と同じくらい千金楽家のみんなを大事にしたいと思えた。
◇
「真直様! 真直様! すごいです! 大手柄ですよぉ!! さっすが、真直様ですぅ〜!!」
「え、何? 何かあったんですか?」
お墓参りから帰宅するなり花から飛びつくように出迎えられる。興奮しているせいか要領を得ないことを言われて困惑していると、「もう、花ちゃんったら。玄関で話す話じゃないでしょう」と奥から奥様がやってきて花を咎め出した。
「有馬も真直さんもお帰りなさい。とりあえず、二人とも早く中に入ってきてちょうだい」
「はい、わかりました」
「わかったからそんなに急がせないでよ。……全く、何事だろうね?」
「さぁ……?」
有馬様と顔を見合わせるも、お互い心当たりがないようで首を傾げる。とにかく言われるがまま急いで家の中へと入り、居間のほうに行くと旦那様も美代さんも真壁さんまでもがみんな何かを覗き込んでいた。
「何をしているんだい?」
「おぉ、有馬! 真直さん! 帰ってきたか! 早くこっちに来てこれを見ろ、これを!」
「これ?」
促されるままに見てみると、そこには新聞があった。
「新聞がどうしたの?」
「ほら、ここを読んでみろ!」
「ここ……?」
旦那様に紙面を指差されて、有馬様と二人でまじまじと覗き込む。
するとそこには、先日の清水医師との件が記事に書かれていた。
読み込んでみると、清水医師が家の水がめに毒を盛ろうとしたことや、それを見て咎めた私が殺されかけたこと。そして、有馬様が駆けつけ殺されかけている私を発見し救助、そのまま逮捕に至ったことなどが書かれていた。
その後、事情聴取で判明したことが、清水医師は患者に対し、死なない程度の微量の毒を盛ってわざと病弱にして体調不良を長引かせて金儲けをしていたこと。対象者は、金儲けになりやすい比較的死ににくい年齢の働き盛りの若者だったこと。千金楽家にわざわざ来たのは、一番の儲け口であった千金楽家がここのところ通院していないことに気づき、たまたま見かけた有馬様がお元気だったことを知り、清水医師は金欲しさに改めて通院してもらいたいと毒を盛りに来たとのことだった。
また、家宅捜索の結果、病院や住まいなどからさまざまな毒になる草花や毒物が押収されたこと。他にも余罪が多々あり、引き続き捜査が行われることなどが綴られていた。
「まさか騙されていただなんてな。金儲けのために毒を盛られてわざと体調不良にさせられていたとは……許しがたいな」
「信じられないわよね。有馬がどれだけ苦しんでいたかわかってたくせに、お金のために苦しめていただなんて……! しかも、わざわざこちらに出向いてさらに危害を加えようとしてたなんて……しかも、真直さんにまで手をかけて……! 本当に許せないわ!!」
「そうですよ! 真直様が無事だったからよかったものの……! 人当たりのいい人を装っていたってのもありますが、全く疑わずに騙されていたのが悔しいですっ!!」
千金楽家の人々が苦々しい表情を浮かべる。
そう思うのも無理はない。
幼少期からの長い間、大金をかけて毒をもらい続けて自ら体調を悪化させていただなんて事実は受け入れたくはないだろう。
また、清水医師のことを信用していたからこそみんなの反動が大きいのも理解できた。
「だが、今回の真直さんのおかげで有馬だけでなく、たくさんの方々が救われた。真直さん、どうもありがとう」
「全て真直さんのおかげよ。どうもありがとう。貴女が嫁いで来てくれて本当によかったわ」
義両親から感謝されて、困惑する。
正直、そんな大それたことをしたつもりが全くなかったので、手放しで褒められるとどう反応したらよいのかわからなかった。
「いえ、私はそんな……結局、有馬様に助けていただいたわけですし……」
「何をおっしゃってるんですか! 真直様がお気づきにならなければ、有馬様だけでなく、もっと多くの被害者が出てたんですから! もちろん、有馬様が真直様を助けてくださったおかげで逮捕に繋がったわけですけど。真直様のお手柄のほうが大きいですよ!」
「そうだよ。花さんの言う通り、真直さんは一人でよく頑張ったよ。ありがとう、真直さん」
みんなから念を押すように感謝されて、はにかむ。
まだ実感は全然湧かないけれど、みんなが言う通り多くの人を救えたと言うならば、この悪意が聞こえる能力も悪くないかもしれないと私は初めてそう思えるのだった。
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