否死者

 机の一角に陣取り、ゆっくりと暖かさを味わうように食べていると、通路から日焼けした、筋骨隆々の上半身裸の男がやってきて、手に持っていた大きな笑い顔の仮面を机に置く。そして、床に置いてあったダンベルで運動を始めた。

 確か、『アラビアン・ゲート』のエリアを担当している、イフリート役キャストのはずだ。

 何気なしにそちらを見る。規則正しく上下するダンベルに合わせ、巨大な筋肉が盛り上がる。と、不意に横から声をかけられた。


「あいつ、バカだろ? ここにいる限り、いくら鍛えたって意味ないのにさぁ!」


 そちらを見ると、和服姿に大きめのパーカーを羽織った少女が、ポテトチップスの袋に手を突っ込んでかき回していた。初日に見かけた、雪女のキャストだろう。

 可愛らしい顔立ちに丁寧に化粧をしているが、首筋の白さは隠せない。

 ダンベルを止めずに、イフリート役が反論する。


「鍛えるためじゃない、習慣だからやってるだけだよ」


 少女は鼻を鳴らすと、睦月の食べかけの丼を無遠慮に覗き込み、椅子に座りながら言う。


「なんだい? 月見そばかよ……それ、食堂の券だろ? ケチの華音が気前よく十枚も置いていったんだから、ステーキでも食べればいいのに」


 机の上に放り出してあった食券を指差す。睦月は面倒くさそうに応じた。


「そんな気分じゃなかったんだよ」


「気分、ね。……はあ? 気分」


 馬鹿にしたような口調に、睦月はムッとする。


「なにが言いたいんだ?」


「華音、なんか言ってた? 例えば、あんたに金をやる、みたいな下品な話」


 逆質問。戸惑いつつも、睦月は答える。


「スクーターを買ってやるとは言われたけど……」


 それを聞いた少女は爆笑する。


「ギャハハハハッ! デ、デリカシーない女だなぁ! よりにもよって、スクーターって!」


「兄さん!」


 イフリート役が怒鳴る。が、少女はくすくす笑いを浮かべたままで続ける。


「くひひ。……で? お前は、あいつに何をさせたら許すの?」


「……許すって、別に。許すもなにもないよ!」


 なんだかイライラして叩きつけるように言い返し、顔を背けてそばを啜る。

 が、少女はそれを追うようにしてズリズリと横に来て、嬉しそうに顔を覗き込んできた。


「うふ。なあ、お前。暇だろ? なあ、ちょっと話そうよ」


 不躾な態度に、睦月はその顔を睨みつけ、強めに言う。


「大体、お前ってなんだよ! 俺は、霜上睦月って言う名前がある!」


「ボクにも九重真央ここのえまおって名前がある。あのね、ボクは君の大先輩だぜ? 仕事においても、人生においてもね!」


「あんた、どう見ても……」


 そんな年齢じゃないだろ、と。言おうとして、考え直す。ここはそういう集まりだと、さっき知ったばかりではないか。


「……わかりましたよ。で、真央さんが、俺になんの用事ですか?」


「ぷくく……。お前……睦月さ、自分が『仮面ライダー』にでもなったと勘違いしてるんじゃないの?」


「……はあ?」


 予想外の単語を耳にして、睦月は首をかしげて聞き返した。


「だ・か・ら、仮面ライダーだよ、仮面ライダー! アマゾンとか、ライダーマンとか、ブラックアールエックスとかさ……最近の若い子って、知らないのかな? 己の意に反して改造された、正義の超人って意味! バイクに乗って悪の組織と戦うんだよ!」


「それは……知ってるけども」

(なぜに、今、仮面ライダーなのだ?)


 イフリート役がダンベルを置いて、口を挟む。


「僕は九重深央みおです。……あと、兄さん。ライダーマンは一応、自分の意思かつ自分の手で、自分自身を改造している。それに最近の仮面ライダーは、バイクじゃないものにも乗ってるよ」


「うるさいなぁ。……とにかく、睦月。僕らの身体の……否死者ネグデッドの何を知ってるんだ?」


「ネグデッド?」


「造語だよ。ほら、アンデッドっていうと、なんかゾンビっぽくてイメージ悪いだろ。ボクらはちゃんと生きてるし、死なないわけでもない。でも死を否定するから、ネグデッド。それより答えてやったんだから、お前も早く質問に答えろ」


 睦月は華音に言われたことを思い出しつつ、答えた。


「死んでも、夜が来るたび生き返るって聞いてます」


「あとは?」


「日のある時間はだるくなって、夜は体温が低くなって、ほとんどの病気にかからない。怪我の治りが早くなって、力も強くなる。食べなくても生きられて、年も取らなくて……」


「だから、そういう認識が間違ってるって言ってるんだよ。あのね、こんな身体でも転べば痛いし、腹も減る。徹夜すればフラフラするし、恥ずかしければ赤面もする。酒にも酔うし、飲みすぎれば二日酔いにだってなる。腕を切り落とされれば生えちゃこないし、頭をつぶされたり火事にでもあった日にゃ、復活できるかどうかも怪しいんだ」


 睦月は黙り込む。


「誰だって朝はだるいの。手が冷たい人も一杯いるの。身体が丈夫な人も、老け顔の人も童顔の人も、それこそ今の睦月より力が強い人なんて、世界中に五万といるの」


「……つまり、なんだと言うんですか?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る