奇妙な世界の怪物と
三十分後。睦月は、華音の部屋のベッドにいた。
椅子には華音が座り、その傍らではフード姿のカロン役キャスト……会話によると、ニマと言う名前らしい……が、針と糸を懐にしまっている所だった。
「……あ、悪夢だ」
その呟きに、ニマはフードの下で小さくポツリと言う。
「もっとたちの悪い悪夢、たくさんある」
それから、両手を胸の前に持ってきて、ぐっと小さくガッツポーズを作ると、部屋を出て行った。もしかしたら、励ましのつもりだったのかもしれない。もっとも、励まされた当人はそんなもの見ていなかったので、まったく無意味に違いないが。
睦月はベッドの隅で枕を抱え、毛布を身体に巻きつけ、鳥肌を立てて震えていた。
風呂場で首が落ちた後、華音の悲鳴を聞きつけて、仕事に戻ろうとしていたニマが戻ってきた。それからフロアにいた芽衣子を呼び、三人がかりで華音の部屋へと動かぬ身体を運び、ニマが首を縫い直したのだ。
恐ろしいのは、その間中、ずっと意識があった事だ。
首の骨が差し込まれる感覚、皮膚が引っ張られる感覚、プツプツと針で穴を開けられ、糸が通る感覚。そして神経が繋がり、体が動くようになった瞬間の感覚……そのどれもが、おぞましい記憶として残っている。
ちなみに、睦月の裸体はその間、芽衣子によって興味深そうに仔細に観察されて弄ばれていたが、そんな事はゴミ箱に捨てられてる餃子ドッグの包み紙くらいにどうでもいいと思えるほどに、衝撃的すぎる出来事だった。
血の気の引いた顔で震えていた睦月だったが、しばらくしてから顔を上げて言った。
「……説明、してくださいよ」
「あ……いるよね? 説明……?」
「当たり前でしょうっ!」
「え、えっとね……首の骨がバラバラだったから、針金で繋ぎ合わせるためにね、首を切ったから縫い痕が……」
「そこじゃなくて。なんで、首が落ちて生きてるか」
華音はしばし思案顔をした後、語り始めた。
「……ストレンジ・ワールド……つまり、この遊園地で死ぬとね……生き返るのよ」
「唐突ですね」
「なんでか……っていうのは、よくわからないんだけど……」
「そこは気にしてくださいよ」
「だって、気にしても仕方がないもの。オーナーは何か知ってるはずなんだけど……詳しく教えてくれないの。ただ、ここで死ぬと、霧が身体に染み込んじゃうからなんだって。そのせいで、夜になるたびに死んでも復活するんだって」
「えっ!? 霧って……だってあれ、ただの霧じゃないんですかっ!」
睦月は大声で叫んで、ベットの上に立ち上がる。
「そんなの俺だけじゃない! みんな吸い込んでるじゃないか! 一体なにを混ぜてるんだ!?」
その剣幕に、華音は慌てて否定した。
「ご、誤解よ! 霧自体は、ノクターンの湖から汲み出した水を、濾過して機械で噴霧してるだけなの! メンテだって業者が時々入るし、変な物を混ぜてるわけじゃないわ! 吸い込んだって、生きてる人とか動物には、まったく影響しないから大丈夫なのっ!」
「……本当ですか?」
華音は頷きながら言う。
「本当よ。生きてる人は霧が身体に入っても、すぐに吐き出しちゃうから平気なのよ。でも、死んだ人の体には、霧が染み込んじゃうからこうなるみたいね」
「ん。……まだ、よくわかりません。つまり、俺は死なないって事ですか?」
「ううん。死なないってのとは違うわ。死ぬけど、生き返るのよ」
「どう、違うんですか」
「そのままの意味で、生き返った後も怪我だったり溺れたり、感電したり。他にも毒とかでも……とにかく、大体は普通の人が死ぬような事で、簡単に死んじゃうの」
睦月は、自分の首を恐々と擦りながら言う。
「……じゃあ、俺が、首が取れたのに生きてたのは……どういうわけなんですか? 普通、首が取れたら生きてませんけど?」
「死体の時に身体についてた傷は、痛みとか深さとか、ほとんど無視されて復活するのよ。血管も一時的にふさがってね。切り離されてた場合は、基本的に動けるのは頭がある方だけ。傷自体は普通に生活してれば少しずつ治っていくんだけど……あまりに深かったりすると、縫い合わせてしばらくしないと、くっつかないの。その首も、三日もすれば抜糸できると思うわ」
「はは……面白いですね。なんだそりゃ」
思わず変な笑いが出てしまう。
(切り離されても、どっこい生きてるって? ……ミミズやプラナリアじゃあるいまいし!)
イライラしながら睦月は怒鳴った。
「全然、説明になってませんよ! 科学的な根拠を教えてください!」
「そんな事を言ったら、死んでから生き返るのに科学的も何もないわよ」
「……まあ、それも道理ですね」
「他にもいくつかあって……まず、日のある時間は体がダルくなる。夜になると血が冷えて、体温がものすごく下がって、力がちょっと強くなる。それに、ほとんどの病気にかからないし、小さな傷くらいはすぐに治るわ。水さえあれば生きていける。毒で死んだ場合、次に生き返った時に耐性ができる。……あと、ここにいる限り、成長も老化もしない」
「それって、不老って意味ですか?」
華音は強く首を振って言う。
「いいえ、違うわ。これもオーナーが言ってたんだけどね。ひと月もここの霧を吸い込まないでいれば、体は成長するし、老化もゆっくりと進んでいくんだって」
「じゃあ、外で何十年も生活してれば……?」
華音はこくりと頷いた。
「老衰で死んじゃう。……普通に」
睦月はホッと息を吐く。まったく慰めにはなっていないが、『普通』という単語で、幾分か気が楽になったからだ。華音が、言いづらそうに続けた。
「……その、一回、霧が染み込んじゃったら……もう、元の身体に戻る方法はないけれど……」
「先輩。先輩は、なんでここにいるんですか?」
それは、彼女が『なぜ死んだ』かを問いかけるのと同義だった。
華音は、少しだけ迷った顔を見せた後、おずおずと口を開く。
「あたしは……病気で……死んじゃったの」
睦月は、驚いて華音の顔を見る。
「えっ? 病気、治ったんじゃなかったんですか?」
華音は首を振る。
「それは……この身体になって、ほとんど治ったのと同じって意味で言ったのよ。本当は、一度死んでるのね。病気で、身体がどんどんダメになっていって。お母さんが色々やってくれたけど、全部ダメで……それで、もう持って数ヶ月って言われてて……。そしたら、たまたま他の人をお見舞いにきてたキャストの人に、ここに連れてこられたの」
「で? ここで死んだんですか?」
「……あたしの時は、もうすぐ死んじゃうって言われてたし。最初にここの事を全部説明されて納得してからだったけど……うん」
こくりと頷く。睦月は胡坐をかくと、深く息を吐き、改めて身体に毛布を巻きつけた。
(ストレンジ・ワールドのモンスターズは、文字通りに奇妙な世界の怪物達だった。……どんな都市伝説だか!)
で、今は自分も怪物の仲間入りなわけだ。
暗い顔で黙り込む睦月を、申し訳なさそうに上目遣いで見ながら華音が言う。
「あの……あたし、ムーちゃんにスクーター買ってあげるから……好きなの選んでね」
「……いりませんよ。そんなの」
「ご、ごめん。……それと、これ。食券。食堂で好きなもの食べられるから……」
取り繕うようにそういうと、華音は懐から十枚つづりの券を取り出して机に置く。
睦月は呆れてしまう。
(スクーターやら食券やら……ガキ扱いもいい加減にしてくれよ!)
バカにされてる気がして、睦月は無視を決め込む。華音はオロオロと所在なさげに辺りをさまよった後、呟いた。
「ねえ、ムーちゃん」
「……なんですか」
「ムーちゃんは……やっぱり、そんな身体になりたくなかった?」
「……少なくとも、なりたかったわけじゃないですね」
「…………ムーちゃんは、あたしが三年前に死んでいれば……よかったと思う?」
その問いに帰ってきたのは、長い沈黙。
華音は悲しそうにうつむくと、黙って部屋を出て行こうとする。
その背中へと、震える声で睦月は言った。
「……先輩。俺、また先輩に会えて、本当に嬉しかったんですよ。それだけは、間違いないですからね」
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