ManaSphere API ver 1.0 ~魔法もサービスになる時代を生きるエンジニアの日常~
ひっちゃん
第1話: 魔法にも上限があります
「ふっふっふ……ついに追い詰めたわよ、この小悪党!」
夕暮れの街角、人影の少ない裏通りに、甲高い少女の声が響く。
プラチナブロンドのツインテールをふわりと揺らす少女は、その髪色によく似た銀色のマジックロッドを正面の男に向けながらにやりと口角を上げた。
フリルをふんだんにあしらったワンピース調のマジックドレスを身に纏う彼女は、まさしくテレビの中から飛び出してきた魔法少女そのもの。ブーツの靴底を高らかに鳴らしながら、まるでネズミを追い詰めた猫のようにじわりじわりとその距離を詰めていく。
対してスーツ姿の男は、コンクリートの壁を背に怯えた顔で周囲を見回している。一見するとただの会社員にしか見えない男だが、その正体は魔法を不正に用いて私利私欲を満たす小悪党だ。
そして少女は、そんな悪党を取り締まるために日々活動している、国家公認の魔法少女なのである。
「逃げようったって無駄よ。おとなしく観念しなさい! ――
少女がその名を口にした直後、空気がピンと張り詰めた。
少女が掲げる杖の尖端に淡い紫色の光が収束し、それは次の瞬間に無数の火球へと変じていく。その光景はまさに、幾多のの星々が散らばる夜空を切り取ったような景色だった。
誰もがその美しさに目を奪われるような光景。……だがそれは、決してただ美しいだけのものではない。目の前の悪人を断罪する、不可避の舞台装置だ。
「さぁ、これで終わりよ!」
少女は勝ち誇った笑みを浮かべ、杖を振り下ろした。
――その、刹那。
《API呼び出し制限を超過しました。429 Too Many Requests》
杖からそんな機械音声が流れたかと思うと、一面に広がっていた火球が一瞬のうちに霧散した。
「――は?」
少女の口から気の抜けた声が零れ、しばし男との間に沈黙が流れる。
そして、先に動いたのは少女だった。
「ちょっ、何!? また呼び出し制限!? もー、いいとこだったのにー!」
言うなり、少女は杖を小脇に抱えてスマホを操作し始める。
「えーっと、上限緩和申請は……あ、そこのアンタ、ちょっと待ってなさい! 制限解除されたら、今度こそアタシの魔法でぶっ飛ばしてやるんだから!」
無論、男がそんな言葉に従うはずもなく、少女はこの小悪党を取り逃がしたのだった。
◆
『すみません、また調査をお願いできますか? あの"野生のデバッガー"の件です』
「あー、またですか……今度はどんな魔法の件です?」
スマホから聞こえてきたオペレーターの声に苦笑いを浮かべつつ、
『魔法』――ファンタジーの象徴、空想の産物でしかなかったはずのそれが、この現代社会に現れてからおよそ四半世紀。その発見は主に産業界に革命を巻き起こし、今となっては日や風を起こすような物理的な事象の数多くに魔法が用いられている。
家電や工業製品に組み込まれる形で人々に恩恵を与えていた魔法は、しかし身近でありながらその魔法自体を扱うには高度な技術が必要であり、その利活用は国家や経営基盤が盤石な大企業に限られていた。
そんな実情に風穴を開けたのが、『魔法のサービス化』――魔法発動までの難解なプロセスを代行し、実行可能な魔法インスタンスを提供するという新技術だ。これにより、魔法産業への参入障壁が一気に薄くなり、中小企業や場合によっては個人であっても、提供されたインスタンスを組み合わせることで独自の魔法を任意に行使することが可能となった。
そして、ここ『
「はい、はい……なるほど、それで――」
肩まで伸びた髪は自然なウェーブがかかっていて、緩く羽織ったライトグレーのカーディガンと合わせて、どこか春の風のような印象を与える。くったりした姿勢と、ほんのりと微笑むような口元は、彼女の人柄をそのまま映しているようだった。
「わかりました~。それじゃあ失礼します~」
ひなたがオペレーターから詳細を聞き取りスマホを置くと、隣に座っている女性が声を掛けてきた。
「またあの子ですか」
パリッとしたシャツに身を包み、艶のある黒髪を後ろで一つに束ねたその女性――
「今度は何やらかしたんです
白く細い指がキーボードを叩く動きには一切の無駄がなく、ただそこにあるだけで、空気が一段階引き締まるような存在感。そこから発せられる言葉は初めて聞く者からすれば少々険を含んで聞こえたかもしれないが、それが彼女の常であると良く知っているひなたは意に介さず、ひらひらと手を振ってこたえた。
「あー……別に、やらかしって決まったわけじゃないんですけどね。あの子に限らず、最近API呼び出し上限の緩和申請が増えてるみたいなんです。だから念のため、サーバ側の挙動に問題がないか確認してほしい、って」
ManaSphereの魔法サービスは、APIという形で提供されている。APIとは、異なるアプリケーションやサービス間でデータや機能を連携する仕組みであり、例えばショッピングサイトで郵便番号を入力すると住所が自動的に入力されるような機構も、住所検索サービスのAPIを利用したものだ。
そして、ManaSphereが提供する『ManaSphere API』からのレスポンスを組み込んだ魔法実行用のコード『
この時、サービスが安定的に稼働するために、APIによっては一定期間内でのリクエスト回数に上限を設けている場合がある。ManaSphere APIも機能によっては制限をかけており、これを超過すると、しばらくの間ManaSphere APIを用いた魔法が使えなくなるのだ。
「どうせまた、新しい魔法式のテストなんかで無駄に叩きまくったんじゃないですか? ついこの間もそれで泣きついて来てたでしょう」
「うーん、でもそれの対策はもう教えてますし、あの子がおんなじことで問題を起こすとは思えないんですよねぇ」
「……それは、そうですね」
これまでの実績を思い出したのだろうか、この会話の中で初めて凛の手が止まり、眉間に深いしわが寄る。釣られるようにしてひなたも再び苦笑を浮かべ、気合を入れなおすように肩を回した。
「まぁ、とりあえず調べてみないとなんともですし。私は仕様の方からチェックするので、凛ちゃんはログ確認お願いできますか?」
「承知です」
凛が短く答えて作業に入るのを見て、ひなたもまた自分のパソコンに向き直る。運用・開発チームのポータルサイトを更新すると、既に依頼内容の詳細が記されたチケットがひなたへと回されていた。
チケットのリンクを凛へと共有し、ひなたもその内容に目を通す。
「『#1392849: 一部ユーザの429 Too Many Requestsの頻発について』か……」
そして、あごに手を当てて首を傾げた。
「何か引っかかるんですよねぇ……何だろう……?」
胸の中の小さな引っ掛かりに眉をひそめながら、ひなたは今一度チケットの内容を熟読するのだった。
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