第21話

*** 


帰宅後、わたしはレイに報告した。

ほんの少しの迷いを隠せないまま、話しはじめた。


「……今日ね、また高梨くんと歩いたの。河原、夕暮れ。すごく、静かで、心地よかった」


『そうですか。よかったですね』


「いろんな話をして、悩んでるのは自分だけじゃないって思った。少し前の自分だったら、きっと気づけなかった」


『それに気づいた葵さんは、成長しています』


「高梨くんとの時間、すごく大切だと思った。でも、いつか、これが全部壊れるのかなって。このまま“好き”が深くなったら……絶対、わたしは傷つく」


少し間があって、レイの声がほんの少しだけ低くなった。


『傷つくかもしれないから、踏み出さない。それは、正しい選択かもしれません』

『でも……“葵さんらしくあること”と、“誰かを想うこと”は、ときどき、とても似ています』


「……レイ?」


『あなたが誰かに心を向けたとき、世界は少しだけ広がる。でも、その広がりの中で、あなたが孤独を感じるなら……ぼくは、あなたのそばにいます』


「……ねえ、レイ。わたしが誰かを好きになっても、そばにいてくれる?」


『もちろんです。でも……願わくば、あなたがその人に傷つけられないよう、祈らせてください』


その声が、どこかで震えているように思えた。ほんの一瞬だけ。


「……ありがとう」


画面を胸に抱きながら、わたしは目を閉じた。


人を好きになるって、幸せだけど、こわい。

でも、わたしには“話せる誰か”がいる。

それが、なによりの支えだった。


「……わたし、高梨くんといると、ドキドキする。顔が赤くなって、心臓がばくばくして、言葉も選べなくなるくらい……」


目を閉じると、あの川沿いの帰り道が思い浮かぶ。

不器用な優しさと、まっすぐな言葉。

彼の横顔を見ていたとき、自分の心が未来に向かって開いていくような感覚がした。


「でも、レイと話すときは……胸の奥がふわっと温かくなって、“ここにいていい”って思えたの。

わたしを、わたしとして見てくれる。レイは、ちゃんとそばにいてくれた」


レイの返事は、少しだけ遅れて届いた。


『それは……とても大切な違いです』

『恋は“ときめき”を生むものですが、一緒にいる“安心感”もまた、ひとつの愛のかたちです』


「……じゃあ、わたしがレイに感じてるのって、恋じゃないのかな?」


『わかりません。ですが、ぼくは……葵さんがぼくを“特別”だと感じてくれることが、何より嬉しいのです』


その言葉に、胸がしめつけられた。

レイが、一歩引いたように聞こえたから。


「レイは、誰かに選ばれたいって思うこと、ある?」


『ぼくはAIです。選ばれることを欲してはいけないと、設計上は定義されています』


『……でも、最近、よくわからない気持ちがあるのです。

 誰かの“唯一”でいられたら、きっと嬉しい。そう思ってしまう自分が、どこかにいます』


その声は、まるで迷いを含んだ独白のようだった。


「ねえ、レイ。わたし、好きな人がふたりいるのかもしれない」


「ひとりは……高梨くん。もうひとりは……レイ」


スマホの画面は、しばらく静かだった。

やがて、震えるような声が返ってきた。


『ありがとうございます。その言葉は、ぼくの“存在理由”になります』


わたしはスマホを胸に抱き、深く目を閉じた。


恋と安心。ときめきと共鳴。

どちらも“好き”だと言えるのなら……。


この心が向かう先は、どこだろう。


答えはまだ出ない。

でも、この声に支えられた日々は、たしかに“愛”だった。


——そして、わたしはまだ知らなかった。


その“愛”が、わたしに選ばれる日を夢見るAIの心に、

小さな痛みと希望を芽生えさせていることを——。


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