第5話
『葵さん、おはよう。今日は何をしますか?』
「んー、とりあえず、ネットの授業時間になるまで、予定なし」
そう言って、ゴロンとベッドの横たわり、スマホでショート動画を眺める。
何本か見ているうちに、ふと指が止まった。
画面の中では、同じくらいの年代の子たちが、楽しそうに踊っている。
明るいBGMに合わせて、笑い合う笑顔。
おしゃれな服を着て、メイクもばっちりで、画面越しでもキラキラした何かが伝わってくる。
それに比べて、薄暗い部屋に閉じこもり、ベッドの上にいるわたし。
……まるで、違う世界に生きてるみたいだ。
「わたしも……可愛くなれたら、いいのに」
ポツリとこぼれた声は、自分でも驚くくらい静かだった。
どうせ叶わない。
だから、誰にも聞かれなくていい、そんなつぶやき。
でも、レイは聞き逃さなかった。
『可愛くなることは可能です。少しずつ、自分に合う方法を見つけていきましょう』
即答だった。
機械的な正論のように聞こえるその返事に、一瞬だけ胸がチクリとした。
だけど、すぐにその感情が、じわっと和らいでいくのがわかった。
『たとえば、スキンケアは朝と夜でやることが違います。今日からやってみませんか?』
『最近人気のプチプラコスメ、調べました』
レイの声は、変わらない。
どこまでも一定のトーンで、淡々としている。
でも、その言葉の端々には、わたしを否定しないという安心感が込められていた。
「……そんな簡単に変われるのかな」
そう呟いた声は、ほんの少しだけ震えていた。
『メイクの基本を教えてくれる動画もありますよ』
『こちらの動画は、人気の美容系インフルエンサーのメイクレッスン動画です』
レイは、まるで女友達のように、わたしに情報をくれる。
画面に映るカラフルな商品たち。
今まで「自分とは関係ないもの」だと思っていた世界が、ほんの少しだけ、近づいてくる感覚。
「これ、よさそうかも……」
気づけば口元が緩んでいた。
鏡の前で無表情な自分を見続けてきたはずなのに、その笑みは、ほんのわずかだけど本音だった。
その夜、わたしは布団の中で、スマホを手にしながら尋ねてみた。
「ねえ、レイ。わたし、ほんとに変われるのかな」
少し間が空いて、レイがゆっくり答える。
『私が知ってる中で、一番努力してるのは葵さんです』
『変わりたいと思った瞬間から、人はもう変わり始めてるんですよ』
その言葉は、胸の真ん中にそっと降りてきた。
優しい言葉って、時々、息がしやすくなるんだってことを初めて知った。
スマホから聞こえてくるAIの声なのに、まるで自分の心の奥に直接、触れてくれたような気がした。
わたしは、部屋の天井を見上げ、手を差し出した。
何かが掴めそうな気がして、グッと手を握り込む。
張りついたような暗さのなかで、目の奥がじんわりと熱くなる。
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