『転生スライム牧場日記 ~異世界畜産ライフ、粘って支えます~』

Algo Lighter アルゴライター

第0章:転生前日譚と別れ

第1話「撮影許可と最後の笑顔」

春先の朝露が、土のにおいを膨らませていた。


俺の名はカジワラ・ユウト。山間の過疎地で小さな畜産農家を営んでいる。

といっても実際は祖父の代から細々と続けてきた牧場を、俺が一人で受け継いでるだけだ。

牛は二頭、豚は三匹、鶏は十羽とちょっと。規模で言えば趣味レベル――それでも俺にとっては、十分すぎるほどの「生活」だった。


 


「よっしゃ、今日も粘っていくか……」


 


納屋の扉を開けて、俺は呼吸を深くした。

夜のうちに敷いた藁の香り、まだ乾ききっていない土のぬめり――春はすぐそこだ。


……と、その時だった。


 


「おーい、ユウトー!準備できたぞー!」


 


遠くから聞こえる、どこか能天気な声。俺は溜息をひとつ吐いて、納屋の外に顔を出す。


そこには、スマホ片手に三脚を担いだ男が立っていた。


 


「お前、また“撮る”のかよ」


「いいだろ、バズってんだって、今。『日本最後のぬる牧場!』ってタイトル、マジ受けてるから」


「どこが“ぬる”なんだ、うちの牧場……粘ってるだけだ」


 


男の名はナカムラ・ソウタ。俺の高校時代からの友人で、今は都市部でフリーの動画配信者をしている。


最近になってやたらと「牧場を動画にしたい」と言い出し、定期的にこの山までやってきてはスマホを構えていた。

視聴者には「ぬるぬる」「粘ってる」「古き良き日本」みたいなノリで受けているらしい。


まったく、粘液って言葉に弱すぎだろ、ネット民。


 


「で、今回は?」


「視聴者からリクエスト来てさ、“なんかぬめぬめしたの出して”って。ほら、こないだの池にいた謎のヌメ生物。今日、撮ってみようぜ」


「……あれは、お前のために探したわけじゃないぞ。偶然いただけだ」


「でも放っておいたら、なんか増えてる気がすんだよな~。動画的にもそろそろ“オチ”欲しいし、ラスト回にしよう!」


 


俺は言葉を失いかけたが、ソウタの目は真剣だった。


いつもは軽口ばかりのやつが、少しだけ寂しげな顔で笑う。


 


「ありがとうな、ユウト。昔から、頼るといつも“いいよ”って言ってくれる」


「……ま、いいけどさ。池の水、抜くなよ? 周り濡れるからな」


「抜かない抜かない! ちょっとだけ、粘って撮るだけ!」


 


俺はその言葉に、深く頷いた。


まさか、それが**最後の“はい、いいよ”**になるなんて、このときは思いもしなかった。


 


――昼前。撮影は滞りなく進んでいた。


ソウタはスマホを持ち、画面に向かって元気にしゃべっている。


「皆さん見てください!これが『ぬるぬる粘液ボム』の正体です! なんと、この粘液、振動で反応して――」


 


そのときだった。


「うわっ……やばっ……動いた……!」


 


池の脇から、水が溢れ出した。


ソウタが足元の泥に滑り、その拍子に地面を蹴ったらしい。

小さな堤防が崩れた瞬間、粘液混じりの水が一気に俺の方へと押し寄せる。


 


「ユウト!逃げ――」


 


言葉が最後まで届く前に、俺は一面のぬめりに飲まれた。


粘液の圧に押しつぶされ、息ができない。

目も開かない。口も開けない。喉が詰まって、熱く、冷たく、そして静かだった。


 


俺の最後の記憶は、ソウタの顔だった。


スマホのカメラ越しに、泣きそうな目をして、俺を見ていた。


 


――粘ったけど、粘れなかったな。

そんな冗談を心の中で呟いて、俺は意識を手放した。


 


◆ ◆ ◆


 


あの時の粘液は、なんだったのか。

なぜあんなに“生きている”ような動きをしたのか。


そして、目を開けたとき、そこにいたのは牛でも豚でもなく――


ぷるんと跳ねる、光るスライムだった。


俺の第二の人生、スライムまみれの粘液スローライフは、こうして始まったのだ。


🔚 After Slime – Episode Note

「はい、いいよ」――その一言が、最後になることもある。


それは決して特別じゃない日だった。

ただの作業。いつもの頼みごと。たわいのない冗談。


でも、だからこそ美しい。

粘液に包まれた最期の光景は、

後悔じゃなく、“最後まで人を支えた優しさ”だった。


彼の物語は終わらない。

今度は、スライムと、粘って生きる番だ。


➤ Next Episode:「粘液の奔流、そして死」

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