6-6

 まずは一番仲の良い火弥に声をかけた。


「わかった。バイトの空いている日、あとでメールする」

 さっぱりとしながらも笑顔で親指を立ててバイトに向かおうとする彼女に、詩瑠は慌てて呼びかける。

「火弥ちゃんっ! その、集まるときには持ってきてほしいものがあって――」



 次に、偶然出くわした仕事帰りの透里に声をかけた。


「ふふ、なるほどね。もちろんいいよ、他ならぬシルちゃんの頼みだからね。何があっても駆けつけるよ」


 胡散臭く糸目で笑う透里を適当にいなしながら、詩瑠は念押しをしておく。


「はいはい。でも透里さん、集まるときにはちゃんと持ってきてくださいよ――」



 アリィには、直接お店に行って聞くことにした。


「いらっしゃ……ってシルシルじゃない。ダメよぉ、いくらアタシが恋しいからってこんな所に来ちゃ」

「すみません。でも、アリィちゃんさんにどうしてもお願いがあって」


 頼もしい姉御肌のアリィは、ドンと胸を叩いて快諾してくれる。


「まっかせなさい。もし行くのを渋るアホォが居たら言ってね、アタシが首根っこ掴んで引き摺っていってやるから」

「ありがとうございます。それと、持ってきてほしいものもありまして――」



 蘭々美の居場所は、アリィに教えてもらった。


「あらぁ、しるちゃんー。こんなところでぇ、奇遇ねー?」

「アリィちゃんさんに聞いたんです。ラミ姉さんに、どうしてもお話したいことがあったので」


 いつも通り酒臭い蘭々美だったけど、話は真剣に聞いてくれた。たぶん。


「それじゃあー、とっておきのお酒をぉ、用意しておくわねー」

「お酒はほどほどに……。あとはお酒以外に用意してほしいものがありまして――」



 住人では無いけど、平安にも電話してお願いした。

 力になってほしかったし、きっと彼自身も最後まで関わった方がスッキリするだろうから。


『もちろん協力するよ。もしかしたら仕事の関係で遅れるかもしれないけど、絶対行く』

「ありがとう。ヘイ兄ちゃんが居てくれたら、すごく心強いから」

『へへっ。頼りにされるのは悪い気しないな』

「うん、頼りにしてる」

『任せろ。頼まれたものも、必ず持っていくから』



 父に報告のメールをしたら、たった一文「頑張れ」とだけ返ってきた。

 本当は乗り込みたいぐらいだったろうけど、なんとか飲み込んだんだろうと予想している。

 だから詩瑠も一言「頑張る」と返した。

 受け取った一言を胸に、詩瑠は矢成氏の居る不動産屋へと向かった。

 実はアポイントは取っていない。なんとなく電話越しで話すのが怖かった。

 何より、思ってることをそのまま丸っとぶつけるには、ぶっつけ本番のほうが良いと思ったのだ。迷惑かもしれないけど。

 昼過ぎに商店街の店舗に到着すると、窓ガラス越しに座った矢成氏の姿が見える。

 ふぅと呼吸を整えて、意を決して自動ドアを抜ける。


「いらっしゃいま……詩瑠さん」

「こんにちは、矢成さん。お仕事中にすみません」


 詩瑠の決意の視線を受けて、矢成氏が頷きを返す。


「いえ、あったか荘の入居者である詩瑠さんも、立派なお客様の一人です。それで、本日はどういったご用件でしょう」


 詩瑠は再び大きく一呼吸。


「もう一回だけ、みんなであったか荘のこと、話し合いませんか?」

「話し合いですか」

「はい! 矢成さんはプロですし、桂さんは誰よりも大家さんに詳しい。そんなお二人が考え抜いた結果が打つ手無しなら、きっとそうなのかもしれない。……でもそれって、二人だけで考えたことですよね? 確かにでもでも、私たちだからこそ気付けることがあるんじゃないかなって、そう思うんです」


 詩瑠の必死の訴えに、矢成氏は黙って見つめ返す。


「知りたいんです。お二人がどんな過程を経て今に至ったのか。何が一番大切で、何をしなければいけなくて、何を試そうとして、何が上手くいかなかったのか。そこを共有できたら、案外思ってもみなかった解決策が浮かぶんじゃないかなって」


 言葉は拙い。でも、伝わってほしい。


「私だけじゃありません。……みんなそれぞれ、色んな伝手を辿って闇雲に足掻いています。でも、もう一回だけ。一回だけ立ち止まって、スタート地点からみんなで話し合ってみませんか? あったか荘らしいやり方、きっとあると思うんです!」


 怒涛の勢いでしゃべり切った詩瑠は、荒い息で肩を上下させる。

 駄目だったかな? また、から回っちゃったかな?

 不安になってもう一声上げようとしたその時。


「……わかりました。そうしましょう」

「え?」

「皆さんで一緒に話し合いをしましょう。いいですね、『あったか荘らしいやり方』。そんなものがあったら、ぜひ私も見てみたいです」


 わずかに口角を上げる矢成氏。

 よかった! 伝わったみたい!

 ほっとして、嬉しくて、思わず涙が浮かびそうになる。


「あ、ああっ、ありがとうございます、矢成さん!」

「いえ。……詩瑠さんの言う通り、私たちは二人で話し合って勝手に諦めていました。もちろん生半可な気持ちではありません。ですが、どうせもう一度やり直すなら、皆さんの力を借りた方が良さそうです。この通り口下手ですが、精いっぱいお話させて頂きますよ。桂さんには私から話しておきましょう」

「で、でしたらっ、もう一つご提案が!」


 勢いそのままに、最後の提案を詩瑠はぶつける。


「あったか荘らしいやり方! みんなでスープを作って食べながら、話しませんかっ?!」


 ――詩瑠は思った。

 こんなに目をパチクリさせる矢成氏を見るのは、きっと後にも先にもこれきりだろう、と。

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