第8幕 - 一回きりの思い出ー

また、懐かしいシーンが映る。


いとこ家族とのキャンプ。


ユイナにとっては、ほんの一泊二日でも、特別で、色濃い記憶だった。


いつもの日々は決まっていた。

朝起きて学校に行き、学童で宿題をして、母の迎えを待つ。

それが当たり前で、変わることのない毎日。


だけどこの日は、違った。


テントの中。

ちょっと湿った土や草の香り。

山の風は少し肌寒い。

薪がパチパチと音を立てる。

焚き火の煙が髪に染みついて、少しむせた。


火のまわりに集う人たちの影が、長く、地面に伸びていた。


『ユイちゃん、はいこれ』


叔父が手渡してきたのは、アルミホイルに包まれたサツマイモ。


『えっ、これどうするの?』


『火の中に、そっと置くんだよ』


『こう?』


『そうそう、上手だよ!……あっ、熱いから気をつけてな!』


『わ~、煙出てきた~!』


キャッキャッと笑い声が、広がる。


母が少し離れた場所で、ふうっと息を吐いた。


『はぁ~、こんなにゆっくりするの、久しぶりかも。誘ってくれてありがとう』


仕事に追われていた母の肩が、今はどこか、やわらかい。


『ユイナもすっごく喜んでるね。僕らだけじゃ思いつかないことだったから、有難いね』


父が缶ビールを持ちながら目を細める。


『うちは男子キャンプばっかだったから、女の子がいて嬉しいわぁ』


と、叔母が笑いながら薪をくべた。


『また行こうね、ユイちゃん』


『うん!今日も明日も、その次も、ずーっとキャンプがいいなぁ』


火のあたたかさが、頬にも、胸にも、じんわり残る。


⸻この非日常が、日常だったらいいのに。



───




映像が終わる。


「結局、あれっきりだったなぁ、キャンプ。」


ユイナがぽつりと言う。


「だからこそ、強く残ってるんでしょうね。」


ソウマが、隣でそっと返す。


「うん。別に、何かがあったわけじゃないんだ。予定が合わなかったり、ライフスタイルが変わったり…ただ、それだけで、もう二度と来なかった。」


ユイナは少し笑った。


「なんてことない、たった一度のことなのに、どうしてこんなに覚えてるんだろうね」


ソウマは言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。


「一度しかなかったから、ですよ。

“また”がない思い出ほど、心の奥に静かに残るものなんです」


「そっかあ…そうだね…」


ユイナは、もう二度と戻らない、あの夜の焚き火の匂いを思い出すように、噛み締めるように、目を閉じた。

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