第36話 兄たちの卑怯な思惑(3)

 早朝にアギラカリサ王宮を去ることになった。

 夜は私が抜け出せないようティアと侍女が、がっちり脇を固め、扉には鍵がかけられた。

 そして、レジェスとフリアンは隣室と向かいの部屋で寝るようにティアは命じ、外まで守りを固めるという徹底ぶり。

 でも、もう部屋を抜け出して、巫女に会おうなんて思ってない。

 会いたいけど、レジェスが私のせいで命の危機に晒され、迷惑をかけてしまった。

 闇の力の暴走を考えたら怖いけど……


 ――レジェスが傷ついたり、死んだりするほうが絶対に嫌。

 

 だから、私は無事にアギラカリサ王国から出国できるようおとなしくしていることに決めた。

 そんなわけで、夜はティアの監視の下、早々にベッドへ入れられてしまい、起こされなくても夜明けには目が覚めた。


「ルナリア様が早起きしてくれて、本当によろしかったですわ」

「起こすのも大変なんですよ」

「支度に時間をかけれて、髪も可愛くしてあげられますしね」


 私の髪につけたリボンをくるんとさせると、鏡の向こうで侍女がにっこり微笑んだ。


「ほら、とっても可愛らしいですよ!」

「ルナリア様はレース付きのリボンがお好きでしょう?」

 

 ――ぐっ! 子供扱い!


 マーレア諸島の取引を成功させ、パーティーでは大人顔負けの立ち回りを見せたというのに、ティアと侍女たちは早起きする私のほうが嬉しいらしい……

 寝坊してしまう私が悪いって、わかってるけど、ちょっとだけしょんぼりした。

 朝食も済ませ、後は出発まで静かに待つだけ――準備は万全だった。

 そんなところに、レジェスが部屋に現れた。


「ルナリア、少しいいか? 父上がルナリアに会いたいと言っているんだが、どうする?」

「国王陛下が!? 私にですか?」

「ああ。興味を持ったのだろう」


 孫におこづかいをくれるみたいなノリで『会いたい』なんて言ってきたとは思えない。

 でも、向こうが会いたいと言うなら、私に拒否権はないのだ。

 こっちは小国オルテンシアの第二王女。

 むこうは大国アギラカリサの国王陛下。


 ――断れないってわかってて、呼び出したわよね。

 

「心配するな。俺も一緒に行く」

「いえ……。レジェス様は出発準備で忙しいでしょうから、私だけで大丈夫です」

「そうか。では、父上の侍女に案内してもらえるよう頼んでおこう。安心しろ。父上付きの人間に、なにかできる奴はいないからな」

「は、はい……」


 旅立つギリギリまで、アギラカリサ王宮は物騒だった。

 レジェスが侍女を呼ぶ。

 そして、そっと私に耳打ちした。


「おい、ルナリア。父上付きの侍女だが、元は父上の乳母だ。根は優しいが悪さには厳しい。怒らせるなよ?」

「怒らせるようなことはしません……」


 いったいなにがあったのか、レジェスの顔は真剣だった。

 レジェスでこれなら、兄三人はさらにひどい目にあってそうだ。

 呼ばれて現れた姿勢のいい年配女性は、灰色の髪をきっちりまとめ、鋭い青の瞳をしていた。


 ――アギラカリサ王を育てただけあって強そう。


 ごくりと唾をのみ込んだ。


「オルテンシア王国のルナリアです」

「陛下から聞いております。オルテンシア王国の王女ルナリア様。わたくしが案内役を務めさせていただきます」

「はっ、はいっ!」


 厳粛な空気に姿勢をただした。

 たとえるなら、厳しい先生のような雰囲気だ。 

 アギラカリサ王の威圧感とは、また違う威圧感を持っている。


「父上の話が終わる頃に迎えにくるからな」


 レジェスは侍女に私を任せると、忙しそうに去っていた。

 みんな、旅立ちの準備をしていて忙しい。 

 ティアたちも私のそばを離れ、ドレスや身の回りのものが入った荷物を積み込んでいるところだ。


「では、僭越ながら。わたくしが先導します」

「お願いします」


 国王陛下の部屋は遠く、長い廊下が続いた。

 廊下には強面の兵士たちが並び、国王を育てたという乳母が通ると頭を下げる。

 国王の信頼を得て、敬愛する者だけが護衛を許されているのだとわかる。

 

 ――ものものしい雰囲気だわ。


 だらしない兵士は一人もいない。


「どうぞ、こちらへ」


 私が案内されたのは国王陛下の私室だった。

 侍女に長い黒髪を束ねさせ、お茶を飲んでいる。

 

 ――くつろいでるし、これって完全にプライベートよね。


 雰囲気からいって、難しい話をするわけではなさそうだ。


「ルナリア王女がきたか」


 ――私の名を呼んだ。


 アギラカリサ王宮に訪れた時は、呼んでもらえなかった私の名前。

 それを自然に呼んでもらえたのが嬉しくて、にっこり微笑んだ。


「帰国前にお会いできて嬉しいです」

「ふん。俺に会いたいと言う人間などいない」


 自分が持つ威圧感は自覚しているらしい。

 

「そんなことないです。私は国王陛下に名前を呼んでもらえたので、会えてよかったと思います」

「たかが、名前でそこまで喜ぶか」

「私にとって名前は特別です。二番目の姫と呼ばれるより、名前で呼んでもらえたら、それだけで明るい気持ちになれます」


 ――二番目の姫。小説『二番目の姫』でのルナリアはそう呼ばれていた。


 ルナリアと名前を呼ばれるのは、私にとっての希望だ。


「変わった王女だ。だが、面白い」 

「面白いですか?」

「昨晩の手腕は見事だった。王子たち三人を出し抜いたであろう?」


 ――国王陛下は、オルテンシア王国とマーレア諸島に仕掛けた罠をご存じだったんだわ。 


 歴代のアギラカリサ王がそうであったように、王はそれぞれの王子がどう動くが見ている。


「出し抜いたわけではありません。私はただマーレア諸島の紅茶とスパイスを取引できたらいいなと思って、お願いしただけです」

「なるほど。お願いか」


 国王陛下はひとつ疑問を持っている。


『どうやって取引を成立させたか』


 でも、それを教えるわけにはいかない。

 ルオンが巫女に会おうとしたことがバレてしまうし、私がその場にいたのもわかる。

 だから、ここはとぼけるのが一番だ。


「ルオン様はお優しい方ですから、十二歳の女の子が遠い他国まで来て、頼んだので断れなかったみたいです」


 笑ってごまかしておいた。

 たぶん、疑問は解消されてない。

 でも、アギラカリサ王の高いプライドを考えたら、私に『わからないから教えてくれ』とは言わないだろう。


「そうか。十二歳か。お前の将来が楽しみだ」


 国王陛下が話している間も、侍女たちは手を止めず、衣服を整える。

 重そうな宝石がついたアクセサリーを身に付けていく。

 

「ありがとうございます。でも、私の力だけではありません。レジェス様が連れてきてくれたからです」

「レジェスは優秀だ」


 国王陛下の表情が和らいだ。

 四人の息子たちの中で、特にレジェスを気に入っているのがわかる。

 侍女たちも微かに笑っていた。


「レジェスは王になるために生まれた。だから、あいつの名はレジェス と名付けた」


 ――生まれながらの王。

 

 レジェスの兄たちが凡庸だと判断した王は、レジェスに期待した。

 王の名前を持つ弟を兄たちはどう思っただろう。

 侍女たちが手を止めたのがわかった。

 でも、それは一瞬でじろりとにらまれ、慌てて手を動かす。


「レジェスの妃になるつもりなら、今以上に努力せよ」

「はい。レジェス様の妃になる……妃? 私が妃……?」


 言いかけて、ハッと我に返った。


 ――あれは王宮に入るための嘘だって気づいているはず!


 国王陛下は返答に困る私を見て、悪い顔で笑っていた。


「楽しみにしているぞ」

 

 ――ハメられた気がする。


 嘘でしたなんて、私の口から言えるわけない。


「……努力します」

「うむ。下がっていいぞ」


 今以上に、私の才能を伸ばすためのプレッシャーをかけ、よりふさわしい妃に育てようという思惑だ。

 お辞儀をし、皇帝陛下の私室から出る。


「これって、私が婚約者として、アギラカリサ王から認められたってこと?」


 ――レジェスの婚約者。


 なんだか、すごく嬉しい。

 もちろん、正式なものではないし、なにげなく言っただけかもしれない。

 

「婚約者……。婚約者だって!」


 それなのに頬が緩むのがやめられない。

 足取りが軽くなり、うっかりスキップしてしまいそうになった。

 さすがに国王陛下の部屋に続く廊下で、スキップはできない。

 でも、ふわふわした気持ちで部屋に戻っていく。


「あ……」


 ――会いたくない人に出会っちゃった。


 広い庭園にレジェスの兄たちがいるのが見えた。

 美しい女性を大勢連れて歩き、楽しそうにしている。

 早朝だからか、今までで一番軽装で、まだ身支度を済ませてないように見える。

 レジェスはもう出発して、私を国境まで送ったら領地に戻るというのに大違いだ。

 気づかれないよう去ろうと思って、気配を消したつもりが、あっさり見つかってしまった。

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