第27話 これはまさかの牢屋行き?(2)

 花の香りとは違う。

 香りを探し、草むらから顔を出すと、そこには黒髪に黒目の異国風の男性が立っていた。

 日に焼けた顔と鍛えられた腕。

 髪と腰に巻いた布は絹の薄布で、派手な飾り剣が見える。

 飾り剣は戦うための武器ではないとわかったから、この人は暗殺者ではない。

 でも、身なりから察するにこの人は――

  

「マーレア諸島の方ですか?」

『子供……?』


 彼が話した言語は、マーレア諸島でもっとも裕福な部族、クア族の言葉だった。


 ――きっとギラカリサ王のお客様よね。マーレア諸島を優遇してるから。王宮に泊めてもおかしくない。


 でも、ここは王宮の奥である。

 身内のレジェスならともかく、外国のお客様が泊まるなら、別の場所にするはずだ。


『なぜここにいるのですか?』


 クア族が使うマーレア語で問いかけると、彼は驚き、身を引いた。

 子供だと思って警戒していなかったのだろう。


『マーレア諸島の公用語でないクア族の言葉がわかるのか』

『クア族だけではありませんわ。マーレア諸島すべての部族の言語を理解しております』


 マーレア諸島は多言語国家である。

 公用語は四言語と決められているけれど、実際はもっとある。

 

『アギラカリサの者か?』

『いいえ。私はオルテンシア王国の第二王女ルナリアと申します。あなたはマーレア諸島クア族の方ですね?』

『俺はクア族族長の息子ルオンだ。なるほど。王女か。普通の子供ではないと思った』


 私は寝間着姿だったけれど、淑女らしく挨拶を返す。


『はじめまして、ルオン様。お会いできて光栄です。それで、こちらでいったいなにを……』

『会いたい人がいる』


 私と同じ理由ではないだろうけど、ルオン様は誰かに会うためにここにいたらしい

 でも、私が子供だからか、理由をすんなり教えてくれた。


『俺がここにいたことは、他言は無用で頼む。アギラカリサは人の弱みにつけこむのがうまい。なにを要求してくるかわからん』

『否定はしません』


 こちらも弱みにつけこまれ、困っているところだ。

 

『闇夜なら忍び込みやすいが、賊が入れぬよう王宮中をランプが照らしている』

『それで、こんな明るいのですね』

『アギラカリサは恨みを買いすぎなのだ。侵略した異民族の力を封じ、国を支配できぬようにする』

 

 ルオンは巫女の存在を知っている。


 ――まさか知っていて、殺しにきたとか?


『支配できなくなった王家は滅びるだけだ』

『お言葉ですが、ルオン様。特別な力に頼り、まともな政治をしない国は滅びるだけです』


 オルテンシア王国がまさにそうだ。

 光の巫女の出現に頼り、国のためになにができるか考えようとしなくなった。


『お前はレジェスと同じことを言う』

『レジェス様とは友達なのですか?』

『そうだ。あいつだけが、この国で唯一、血が通っている人間だ』


 ルオンがレジェスの名を出した時、どこか親しげな様子だった。

 私だけでなく、レジェスはアギラカリサによって、苦しめられている人を助けているのだ。


『こんな出会いでなかったら、もっと話したかったが……』


 ルオンは王宮の奥を気にしている。

 なにか気配を感じるようだ。


 ――誰かが来る。


 王宮の奥でルオンが見つかれば、罰せられるかもしれない。

 こちらが気配に気づいているということは、向こうもすでに気づいていると思っていい。


『ルオン様。私がなんとかします。逃げてください』

『……悪い。恩に着る』


 ルオンは暗闇に紛れ姿を隠して去っていった。

 そして、私の前に現れたのは――


「ルナリア。どこへ行くつもりだ?」


 怖い顔をしたレジェスだった。


「レジェス様……」


 王宮の奥を目指していたことはあきらかで、兵士たちをやりすごし、隠れていたのもバレている。


「そこから先に行けば、罰を受ける。俺であってもな。わかっているのか?」


 ――すごく怒ってる。


 アギラカリサの巫女は異民族の力を封じる大事な役目を持つ。

 異民族から恨みを買い、巫女は命を狙われているため、近づくことは許されない。

 許可なく立ち入れば、王子であるレジェスであっても重罪である。


「ごめんなさい……。巫女に会いたかったんです」


 レジェスに嘘をついてもわかってしまう。

 それなら、いっそ正直に言ったほうがいいと思った。

 けれど、今の私は小説『二番目の姫』のストーリーと同じように、牢屋へ放り込まれてもおかしくない状況だった。

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