第26話 目指せ、復縁! ※ルドヴィク

 俺は妻を愛していた。

 そうだ。

 セレーネを愛していたのだ。

 仲睦まじかった過去を振り返る。

 俺とセレーネが結婚した年のワインが注がれたワイングラス―ーそれを手にし、感傷に浸っていた。


「俺たちは、どこかで道を間違ったんだな」


 今も間違いだらけか……

 セレーネに贈り物を受け取ってもらえなくなった。

 そのため、俺は考えた末に、セレーネへの愛を綴った言葉を書いたカードを贈ることにした。


「詩なら得意だ」 


『薔薇の花を毎日眺めている日々に別れを告げ、野の花を愛でただけで君の心が離れていくとは思わなかった』(以下略)


 なかなか、いい感じにできた。


「よし、これをセレーネに届けろ」


 侍女に命じ、カードを届けさせた。


「セレーネ様からのお返事です」

「早いな。そんなに俺からのメッセージを楽しみにしていたとは」


 まったく、素直ではない女だ。

 セレーネめ、焦らすのがうまい。

 立派なカードの返信が、なぜかメモ用の紙だった。


『薔薇の花を愛でる生活をやめ、質素に暮らす気持ちになられたようで、安心しました』


 なぜか、俺が節約生活を送ることになってしまった。

 俺の愛のメッセージが、生活報告メッセージに勝手に変えられている?


「もっと、はっきり伝えなくてはいけないようだな」


『自由に飛ぶ鳥を捕まえるように、セレーネ、君を捕まえたい』(以下略)


 侍女に渡したが、その侍女の目が心なしか、哀れんでいるように見えた。

 いや……、俺の気のせいだろう。


「セレーネ様からのお返事です」

「うむ。寄越せ」


 セレーネの返事を受け取る。

 さっきより、小さなメモ紙になっていた。

 文字数も減っている。


『警備を増やします』


「なぜだ!?」


 まったく伝わっていないようだ。

 セレーネが駄目なら、息子だ!

 部屋を出て、ルチアノを探す。


「ルチアノ……」


 声をかけようとしたその時、ルチアノのそばに、ザカリアの姿が見えた。


「ザカリア様は船に乗ったことはありますか?」

「ある」

「いいなぁ。ぼくも乗ってみたいです」

「まず、泳ぎを覚えてからだ」

「まだ泳げません……」

「来年の夏、泳ぐ練習をしよう」

「はいっ」


 ルチアノとザカリアは、まるで親子のようだった。

 心から信頼されているのが、目に見えてわかる。


「船を造っているところも見に行くか。見ておいて損はない」

「わぁ、船! 行きたいです!」


 弟は人に興味がないのだと思っていた。

 人間嫌いだから、王宮にやってこないのだと……

 幼い時、王宮から出ていった時のザカリアは、表情ひとつ変えず、暗い顔で大人たちに囲まれていたのを覚えている。

 俺を守るため、王宮の人間はザカリアを捨てたのだ。

 だが、今、捨てられたのは――


「ザカリア様、ぼくが王さまになっても、そばにいてくれますよね?」

「ああ。ルチアノが望むなら」

「よかった! 不安だったんです。ぼく、まだ小さいでしょう? お母様を守れないから」


 ――俺だ。

 ルチアノは、俺からセレーネを守ろうとしているのか。

 生まれて初めて自分から、誰かに信頼されたいと思った。


「おい! ルチアノ!」


 ルチアノがザカリアではなく、俺を見る。

 そうだ!

 信頼がないのなら、まず、信頼関係を築くところから始めればいいのだ!


「なにか欲しいものはないか? なんでも買ってやろう」


 きょとんとした顔で、突然現れた俺を見る。


「ぼく? ぼくですか? 買ってほしいものは、なにもないです」


 セレーネに厳しく言われているのか、どうやら遠慮して、欲しいものを言わないつもりのようだ。

 まったく、あいつは厳しすぎる。


「ルチアノ。買ってほしいものがなければ、兄上に頼みたいことでもいいんだぞ?」


 ザカリアが俺を助けるとは珍しい。

 しかし、ナイスアシストだ。


「俺がなんでも叶えてやろう」

「なんでも……!」


 ルチアノはまだまだ子供だ。

 なんでもいいと言われて、目を輝かせた。


「それじゃあ、欲しいものを言ってもいいですか? 国王陛下にしかできないお願いなんです」

「うむ。俺にしかできないなら、なおさら、叶えてやろうという気になるな。言ってみろ! さあ!」


 ――ザカリア、残念だったな。


 父と息子の血の繋がりには、勝てないようだぞ?

 勝利を確信したその時。


「ぼくに王さまの位をください」

「お、王っ……!?」


 ザカリアが笑っている。

 だが、ルチアノは笑っていない。


「ぼくが一番欲しいものなんです」


 ルチアノは期待を込めたまなざしを俺に向けている。

 駄目とは言いづらいが、さすがに王位はやれない。

 王でなくなった俺など、なにをして生きていけばいいのだ。


「わかった。ただし、セレーネが俺の妻になるのなら、お前に王位をやろう」


 ルチアノは返事をしなかった。

 驚いた顔をし、ザカリアの手を握りしめていた。


「兄上。それはセレーネに言うべきであって、ルチアノに言うことではない」


 ザカリアは、強張った顔をしたルチアノをひょいっと抱きかかえた。


「ルチアノ、気にするな。焦らなくても、いずれお前が王になる」


 さっきまでの元気のよさが消え、ルチアノは無言のまま、ザカリアと共に去っていった。


「俺はお前の父親じゃないのか……?」


 その問いに答える人間はいなかった。

 俺の周りには、人がいなかった。

 護衛すら――王のはずが、いつのまにか、王ではなくなっていた。

 名前だけの王になっていたのだった。

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