第19話

 琥珀は前に進む。

 瑠璃は動かない。

 そして、それから少しの時間がたって、そのまま琥珀は瑠璃の目の前までたどり着く。

 瑠璃は動かない。

 翡翠も、先生も動かない。

 じっと、琥珀の行動だけを、見つめている。

 琥珀は無言のまま、瑠璃の体をそっと掴むと、本当に大切な、とても、とても壊れやすいものを、慎重に動かすようにして、瑠璃を、……一歩、二歩、と真っ暗な谷のそばから遠ざけた。

「瑠璃」

 琥珀は言う。

 琥珀の体は震えている。

 瑠璃の体も震えている。

 琥珀の足が、がくがくと震えてもう立っていることはできない。琥珀はその場にぺったりと力なく座り込む。

 瑠璃の足も同じように震えている。

 ……それは、なぜだろう?

 ずっと覚悟していたはずなのに。

 足が震えて、もう立っていることができない。

 ……一歩も歩くことが、できない。

「琥珀」

 瑠璃は言う。

 瑠璃はそのまま、琥珀の目の前で、糸が切れた人形のように大地の上に崩れ落ちるようにして、座り込む。

 そして二人は宝石のように輝く、とても美しい、明るい夜の下で向かい合う。

 瑠璃の、呼吸の音がする。

 瑠璃は生きている。

 そのことが、琥珀は、本当に、本当に、嬉しかった。

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