無実の平和主義者魔導王〜何故か人助けをしていたのにその国が降伏してきたりして世界征服が進んでいくのですが〜
四熊
ナシス騎士爵領編
転移する魔導王
暖かな陽光が穏やかに白亜の庭園を包み込んでいた。
ここは地上の文明が崩壊した今、唯一、文明が残る場所。
赤白の薔薇が咲き誇る庭園には、噴水の周囲で小鳥たちが羽ばたき、囁くようなさえずりを奏でていた。その向こうでは、庭園管理用のゴーレムが静かに草を刈り、整備を続けている。
この静謐な楽園の中心、テラスの長椅子に座して紅茶を啜っていたのが、空中に浮かぶこの城、天空城《ミレニアム》の主、かつて地上で魔力を持たない非魔術師向けの魔導具の製作によって国を豊かにした功績から魔導王とまで呼ばれた若き魔術師、ミリアムであった。
ミリアムは、地上を焼き尽くした魔導大戦を生き延びた男である。
魔導大戦で人々は争い続けた末、大地はもはや生きるには適さない。地上は戦争で使われた神をも殺す神系術、世界の構造さえ歪めるその大魔術の残滓に満ち、それは毒となり、病を運んだ。
魔力に抗体を持たない非魔術師はバタバタと倒れ、病に伏した。
地上にあるのは数少ない資源を求めて魔法使いたちが殺し合う地獄。
だからこそ、ミリアムは空を選んだ。天空城という最後の楽園を築き上げたのだ。
だが彼が救いたかった人々はもういない。天空城を作る時間がかかり過ぎた。
ミリアムの救いたかった民はミリアムが自身の城を改造し、有害な魔力の残滓から逃れるために城を浮遊させようと複雑な魔法陣を構築している最中に地上の有害な魔力によってどんどんと死んでいった。
だからミリアムは寂しさを紛らわすためだろうか、自身の錬成したホムンクルスと一緒に地上から離れた天空城で暮らしていたのだが、多くの魔術師たちがこの城を奪おうと徒党を組んで襲って来た。
一見不利に見えたがミリアムは自身の不得意な分野を補うようなホムンクルスたちを精製していたために、まるで羽虫でもあしらうかのように簡単に撃退してみせた。
そしてこの楽園を脅かすものはいなくなったかに見えたが――。
(ついに魔力の残滓が空を覆うか)
ミリアムは、紅茶のカップをそっと膝の上に置いた。空の彼方――遥か地平の向こうで、空間が微かに歪み始めている。
それは予兆。かつて世界の理を乱した魔術の最後の余波が、この空を壊そうとしているのだ。
これだけはミリアムでさえどうすることも出来なかった。
予測はしていた。いや、むしろ望んでいたのかもしれない。苦しむ人々を守れなかった後悔もある。
ならば、せめてこの理想郷の中で静かに終わりを迎えるとしようとミリアムは魔力の余波が世界の崩壊を誘うことを知っていて思っていた。
死にたくないと足掻くことも出来たのだろうが。
「ミリアム様、紅茶のおかわりをお持ちしました」
足音もなく現れたのは、黄金の髪を編み込んだ少女テーナ。魔力と大量の希少な金属、そしてミリアムが作った無機物に魂を与えるとされる賢者の石を核に錬成されたホムンクルスである。
「ありがとう、テーナ。これが最後の一杯になるかもしれないからね、大事にいただくよ」
「はい」
その所作には揺るがぬ品格と自身を錬成した主への敬愛がある。人造の存在ではあるが自分の意思を持つ少女。彼女はミリアムが初めてこの楽園で錬成したホムンクルスでホムンクルスのまとめ役だ。
ミリアムにとっても空中での生存は困難を極めた。魔力による温度調整、気圧維持、食料供給、素材の錬成、外敵迎撃。
そんな中で、ミリアムは彼女を初めとしたホムンクルスたちと力を合わせて1つの1つ問題を解決してきた。
ミリアムにとって彼女たちは、単なる助手や従者ではない。共にこの楽園を築き、共に苦難を乗り越えてきた大切な存在である。
そうして訪れた自ら設計した庭園での静かな日々。
紅茶を啜りながら、ミリアムは空を見上げた。空間の歪みは、もはや目に見えるほどだ。
――空が壊れ始めている。
「寂しいな。もう少しだけこの楽園で皆と居られると思ったんだが」
「私も、まだ貴方に紅茶を淹れていたかったのですが。まだお出ししていない茶葉もあるというのに」
テーナの言葉に、ミリアムは微笑んだ。
ミリアムは静かに立ち上がり、テーナもまた自然に横に並ぶ。
庭園の階段を降り、中庭へ向かうと、そこには他の二人のホムンクルスがいた。錬金術師アルカナと、回復術士リリ。どちらもテーナと同様、ミリアムの手で創られた存在だ。
「ミリアム様。ゴーレムたちの整備、完了しました。本日も動作は良好です。それと金属も本日の規定量の錬成終わりました」
「リリもポーション作りちゃんと終わったです」
アルカナは黒髪の生真面目な子でリリはマロ眉が特徴的な赤毛の背が小さな、子犬のように人懐っこい子だ。
報告する彼女たちの声音には、どこか無邪気な誇らしさと、愛する主への信頼がにじんでいた。
彼女たちも世界が終わり自分たちの存在も亡くなってしまうと知っているが誰1人として後悔はない様子だ。
ミリアム自身もこのまま世界が終わってしまっても後悔はないとしても、何気ない会話がたまらなく愛おしい。
「ありがとう。皆がいたから、ここは本当に楽しかった」
その瞬間だった。
音もなく、色もなく。ただ法則だけが崩壊し、視界が純白に塗り潰された。魔力の奔流が、理をも砕いて吹き荒れる。
世界が終わる時だ。
だが――違った。
魔力の奔流が、破壊ではなく転移を誘っていた。世界の終わりではなく、世界の外側への排出。
このままなら星ごと崩壊する。そう予想されていた。
だが現実は、星を壊すのではなく、彼らをその楽園と共に別の地平へと送り出そうとしている。
「っ……!」
ミリアムは咄嗟に3人のホムンクルスを守るように抱き寄せた。
「大丈夫ですよ、ミリアム様。たとえ、どこであろうと私たちはミリアム様となら……」
その言葉が最後に届いた声だった。
ミリアムたちの視界が白に染まり、意識が沈む。
彼方――そこには、まったく別の世界が待っていた。
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