第9話 初配信

 帰宅後、自宅で装備を整えた俺はアリシエルさんとダンジョンにやって来た。

 初配信の場として選んだのはリンカイ・ダンジョン。難易度は最低のEランク。緩やかないくつかの丘と広大な平原が丸ごとダンジョンとなっている初心者向けのダンジョンだ。


「じゃあこの辺で始めるか」


 現実世界との境界から少し進んだ丘の上で、俺は腰に付けた大きめのポーチからトリランダー君を取り出した。


 電源を入れ、渚との通信を開始する。


《こっちは準備おっけーだよ》


「了解。こっちも最終チェックするわ」


《待ってるねー》と渚の声を発したトリランダー君を空中に離し、アリシエルさんに視線を送る。


「装備は大丈夫そう?」


 今日の彼女は絹のワンピースではなく、女性冒険者――特に配信者に人気のミニワンピースを着ていた。緑色がメインなのは瞳の色と合わせたのだろうか。渚のチョイスだが彼女に似合っている。


「はい。ありがとうございます。見た目もすごくいいです」


「よかった。生地が薄いから不安かもしれないけど、ダンジョンに住んでる虫から採れる糸を使ってて、見た目のわりに結構丈夫だから。杖の方もただの木じゃなくてダンジョン産で、魔素の収束を早める効果がある。しかも硬いから殴ってもオーケー」


 武器は彼女と同じぐらいの背丈の170cmの木製のスタッフ

 どちらもうちの装備屋のおすすめ商品だ。特にミニワンピースは「例え探索者でも女の子が傷ついちゃいけない」というポリシーのもと、五万円という値段に見合わない性能を誇っている。そんなものばかりを作ってるから全然利益が増えないんだが。


「嬉しいんですけど、装備まで貸してもらってよかったんですか……?」


 心配そうにアリシエルさんの耳がしゅんとなる。感情豊かな耳だな。


「貸したんじゃなくてあげたの。装備の宣伝も兼ねてるんだから、気にすんな。むしろいっぱい使ってうちの商品の有用性を示してもらわなきゃ困る」


「ふふ、頑張りますね」


 肩を竦めてみせた俺に対し、アリシエルさんはおかしそうに笑った。遠慮されるより気兼ねなく使ってもらった方がいいだろう。


 ちなみに、俺の装備も前回から変わっている。今までの黒一色のパーカーは渚に却下され、上はジャケット、下はキュロットスカートという格好になった。

 足が出ているのが落ち着かずにそわそわしてしまう。正直この格好には抵抗があるのだが、もう一つの選択肢はミニスカートしかなく、「それだけは勘弁して」と譲歩してもらった結果である。


 いつものリュックも却下され、代わりに許されたのは腰につけた二つのポーチだけ。空間魔法の応用で見た目以上に物が入る、いわゆる魔法鞄マジックバックなのだが、それでも持ち込めるアイテム量もぐんと減ってしまい心許ない。高価な魔道具なので破損も怖いし。


「よし、始めようかアリシエルさん。最初の挨拶言えそう?」


「それは大丈夫です。配信をいっぱい見て勉強してきました!」


 俺の確認にアリシエルさんが自信たっぷりに頷く。


「……あのぉ」


 だが、すぐに顔を俯き加減にし、指先をもじもじし始めた。何か不安なことでもあっただろうか。


「何?」


「アリーって呼んでください……」


 上目づかいではにかむアリシエルさん。照れくさそうなその笑顔にこっちが恥ずかしくなってしまい、俺は思わず顔をそむけてしまった。


「……」


 深く息をして心を落ち着かせる。

 愛称ってやつだよな。ちょっとハードルが高いけど……確かにいつまでも「さん」づけというのはよくないよな。……うん、そっちの方がいいよな。うん。


「……アリー」


「はい」


 意を決してそう呼ぶと、アリシエルさん――アリーは花が咲いたようにパッと笑った。


「渚さんも、アリーって呼んでくださいね」


《おっけー。じゃあ、アリーさん、みんな待ってるからもう配信始めるよー。始まったらこっちのマイクは切るからね。……はい、どうぞー》


 はっ、と気が付いたら配信が始まっていた。ちょっと待って、俺の心臓がまだ準備できてないんだけど。


「――皆さん、始めまして。私はアリシエルといいます。こちらの配信は見えていますか?」


 慌ててトリランダー君のお尻のディスプレイを見ると、流しておいた「少々お待ちください」画面から切り替わり、ペコリとアリーがお辞儀をする様子が流れ始めた。


<始まった!>

<きたー>

<こんにちは!>

<待ってました>

<かわわわわわわ>

<名前まで可愛い!>

<あれ? 〝お金姫〟は?>


 すぐにコメントも書き込まれ、俺は指で丸をつくって問題ないことをアリーに伝える。無事に配信が始まったことに安心したように口元を緩め、アリーは続けた。


「大丈夫そうですね。まずは、配信に来ていただきありがとうございます! 楽しんでいって貰えたら嬉しいですっ!」


<可愛すぎんだろ>

<服もかわいー>

<心が浄化されていく……>

<これだけで見る価値あるわ>

<はい。フォロー決定>

<ヤバイ、眩しすぎて画面が見えない>


 ニコリとアリーが笑っただけでこの反応。気持ちは分かるぞ。

 同接はすぐに1000人を超し、今もゆっくり増えていっている。初配信でこの人数はスゴイと思っていいだろう。さすがアリー。皆、よほど彼女を観たかったらしい。


「実は私ダンジョン初心者でして、これから探索者として頑張っていこうと思っています」


<初心者なのにドラゴン倒したの!?>

<エルフってすごいな……>

<やっぱり新人探索者だったのか>

<新人であの魔法は規格外すぎる>


「ですが知らないことだらけなので、〝お金姫〟さんにダンジョンのことを色々聞きながら、成長していけたらな、と思っています」


「どうも。〝お金姫〟です」


 俺はアリーに呼ばれ、自らこの姿をさらすという覚悟を決めてトリランダー君のカメラの前に出た。


「俺はB級探索者で、これからアリーを鍛えようと思ってる。俺は解説役でメインはアリーね。このチャンネルでは新人探索者のアリーの頑張る姿を配信するつもりだ。彼女、魔法はスゴイが他の知識はゼロなんで、変なこと言っても気にしないでくれ」


 昼休み、冴羽に対してダンジョンの説明をしていた時にひらめいたのである。こんな感じでアリシエルさんに色々教えながら配信したらいいんじゃないか、と。

 アリーに内緒のコンセプトは「彼女の探索者を皆で見守る」だ。

 これなら俺への注目も下がるだろうし。


<りょ>

<楽しみー>

<解説は興味あるわ>

<わくわく>

<〝お金姫〟たん、かわゆす>


 コメントだけを表示する手元の端末に目を落とす。変なコメントを読んでしまい、ゾワッとしたが無表情を貫いた。ああいう輩は反応してはいけない。


「あと、俺の名前は葵っていう。〝お金姫〟って二つ名はあんまり好きじゃないから、できれば名前で呼んでくれ」


<おけ>

<あおいたーん>

<漢字は? なんて書くの?>


「漢字……。カタカナでアオイだよ」


 カタカナなら配信名っぽくていいだろう。本名そのままだが、俺の場合体の方が現実と全く違うから問題は起きないはず。


「コメントについてだけど、アリーは初心者だからダンジョン探索中に読んだりできない。危険だからな。すまんけど、そこは勘弁しくれ。代わりに気になったコメントは俺が読むから」


 ホントは日本語が読めないのだが、そこは「初心者だからコメントを見ない」で通すことにした。我ながらナイスアイディアだ。


「って、ことでこのチャンネルではダンジョンの解説もしてくから、視聴者さんも、ダンジョンについて何か疑問があったら聞いてくれ」


<二人の年齢は?>

<お金にうるさいって本当ですか?>

<スリーサイズ>

<どうやったらドラゴンブレスを刀で切れるの?>


「あれは魔素を刀に纏わせて、ブレスに含まれる魔力ごと切っただけだよ。〝纏い〟っていう技術」


 どうでも良さそうな質問は無視し、答えやすい質問には反応してみる。こんな感じで良いのだろうか。


「魔素を武器に纏わせる、ですか」


「そうそう、体に魔素を纏うみたいに。武器を体の一部だと思うことがコツだな」


「なるほどー」


<は?>

<そんなのできるの?>

<いや、〝纏い〟で武器を強化できるとか聞いたことないんだが>

<そもそも〝纏い〟は体を少し強化するだけだろ>

<聞いたことない>

<嘘でしょ。>


「いや、そんな難しい技じゃねぇんだけど」


 魔素を扱うなんて練習すれば誰でもできるのに。

 やっぱりちょっとやってみた方がいいのだろうかと、刀に手をかけ――、


「あ、そうだ。大事なことを忘れてた。俺たちの装備については概要欄に詳細を書いてあると思う。見た目のわりに性能が良いんだ。皆にお勧めだから興味あったら買ってみてくれ」


 危ない。本来の目的を忘れるところだった。


<とうとつな宣伝で草>


 そう、このチャンネルはプロモーションを含むのだ。


「さて、じゃあ始めていくか」

「はい! よろしくお願いします!」


 元気よく返事をするアリーを促し、探索を開始する。

 まずは一つ先の丘の上まで歩いていき、魔物でも探すのがいいだろう。装備の宣伝のためにも戦闘は挟みたいところだ。

 さて、その間にも解説役っぽいことをしなければ。


「ちょっと安直かもしれないが……まずは、ダンジョンが何なのか、からだな」

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