職歴欄は空白でオシャレに!これぞ広告!
スーツは着れても面接はボロボロ。広告デザインの会社だった。こっちが履歴書の職歴欄を弊社好みのかっこいいデザインにしてやったのに空白期間と決めつけ、「この間何してたの?」からの結局不採用というデスコンボである。おまえらは自分の広告の無駄な余白をカッコいいと言い張ってバカみたいな額の金をあちこちから搾取しておいてスカスカのCMをスキップされまくるくせに、こっちが入社してやる前からそれを理解してやろうとするとコレである。擬人化したら間違いなく整形中毒の老いさらばえた年増になることは間違いない。
そこまで考えを飛躍させる呪われし母の血に辟易しつつ春菜の家に寄ると、彼女は夜勤明けの笑顔で迎えた。
「ボロ車でも走れるよ。昔、ソープやってた時、桜の季節に客のおじいちゃんが『お前、笑顔いいな』って。それで生きてる価値あるって思えた。悠斗くん、殊更放っておけないんだよね。」
春菜はエプロン代わりに大きすぎるバンドTシャツを腰に巻き、コンロの前でスプーンを指揮棒のようにつつく姿があった。朝日が彼女の黒髪に金色の縁取りをつけ、緑の目がキッチンの白いタイルに映る。
「ほら、座って座って! 夜勤明けのナースが作る朝ごはん、期待してよね!」
春菜がウインクしながら、テーブルに湯気の立つ茶碗を並べる。白米はつやつやと光り、炊きたての粒がふっくらと立ち上がっている。味噌汁の隣には、焦げ目が香ばしい焼き鮭と、きゅうりとわかめの酢の物。シンプルだが、どこか懐かしい。自分は空白大好き名ばかりデザイン会社の面接一回で半死半生なのに、春菜は夜勤明け、つまりはジジイのビチクソを片付けてオムツに隠したナースコールを取り返して奇声を上げるせん妄患者の意識を大外刈り。それだけのことをしておいてこんなに明るい、全くもって人間の器の貴賤というか大小を意識せざるを得な…
いとまたネガティブになろうとしたところで悠斗の胃が全てを忘れて鳴った。
「いただきます!!」
悠斗は箸を手に呟き、味噌汁をすする。白味噌のまろやかな塩気が舌に広がり、ワカメの滑らかな食感が喉を温める。鮭をほぐすと、ほろりと崩れる身がご飯と絡み、噛むたびにじんわり旨味が染み出す。春菜は向かいの椅子にドサッと座り、頬杖をついて悠斗の反応をニヤニヤ見つめる。
「どう? 私の『復活スペシャル』、効くでしょ? 昔、ソープのおじさんに朝ごはん出したら『ボク、これで来年まで生きれるよう!』って抱きつかれて泣かれたんだから!」
彼女の笑顔は、桜並木で見たあの猫のような輝きそのまま。悠斗は思わず箸を止める。
「…マジで美味い。こういうちゃんとしたご飯がこんなにちゃんと美味い」
言葉が詰まる。実家では悠斗の朝はいつも電子レンジのチン音で始まった。我が家の全身海綿体とスキモノ水商売レディ(別名・両親)は若い日にヒートアップの末、避妊を華麗に避けてしまったせいで、望まれない子供(悠斗)をこさえただけあり、俺よりもフスマ感覚の夫婦関係修復に熱心だった。ある日「たまには朝ごはんを作ってくれよ」と言ったら「なんて親不孝な息子!子供ガチャ爆死よ!」「今すぐ子供ガチャを引き直すしかない!」というが早いか目の前で十五の俺の目の前で誰にも言えない悩みが繰り広げられ、母性は性欲に負けそうで、というか実際負けてて、いったいナニを信じ歩けばいいの?来年は「十六です、なんでもします」を自己PRに就活するしかないのか?
とにかく、この温かさは、味噌汁の湯気以上に胸をじんわりさせる。春菜が箸で酢の物を突きながら、ふっと目を細める。「生きてるとさ、こういうのでいいんだよね。パチンコで負けても、履歴書が空白でも、こうやって飯食って笑えるなら、桜みたいにまた咲けるよ。」
彼女の声は軽いのに、どこか深い。悠斗はご飯を口に運びながら、桜並木で舞う春菜の笑顔を思い出す。胸の奥に、名もない小さな芽がぽつんと生まれた。
彼女の頬が桜色に染まる。「仕事決まったら、桜の下でデート、ほんとにしてみる? いや、半分…いや、結構本気かも。」
春菜が笑って目を逸らす。どこかで、春の風が吹く。
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