📖 第4話「投稿された映像」
翌日も、私はイヤホンを耳に差し、部屋の隅で音と遊んでいた。
録音した環境音のなかで、私は歩き、腕を振り、
指を空に向かって滑らせた。
ただの運動。リハビリ。ストレッチの延長。
それでも、呼吸と動きが噛み合う瞬間に、
“なにかが確かに自分の中で響いている”のを感じた。
そのとき。
スマホの画面に、ひとつの通知が表示された。
「タグ付き動画へのメンションがあります」
メンション?
誰が?
私はSNSなんて、ほとんど使ってない。
BEATSYNCのアプリを閉じ、画面を切り替えると、
そこには見慣れない動画が投稿されていた。
サムネイルには、私の姿。
私の部屋。
私の動き。
「────っ」
喉が、瞬間的に締まった。
指先が冷たくなり、スマホを持つ手が震えた。
「【#自室ダンス】【#自然拍子】【#動きのリズム】
タグ付き:@n7_lens」
アカウント名に見覚えはない。
でも、映像の端に写っていたカメラ三脚──
それは、少し前に部屋に忘れられていた、あの黒い折りたたみ式のやつだ。
「……七瀬……?」
そういえば。
母の知り合いの高校生で、
以前「取材」という名目で、私の部屋に一度だけ来た男の子。
無口だった。目線がカメラのファインダー越しにしか合わない人。
何も言わず、何も聞かず。
けど、そのとき一度だけ言った。
「……音、動きで見たことある感じがしたから。録ってもいい?」
私は曖昧に頷いた気がする。
でも、まさか投稿するなんて言ってなかった。
再生ボタンを押す。
そこには、自分でも知らなかった“私の姿”があった。
カーテン越しの光の中、
私が音に合わせて、ゆっくりと回転している。
何気なく手を振り上げ、
足を踏み出し、ふわりと肩を傾ける。
まるで、踊っているみたいだった。
──いや、それはもう、“踊っていた”。
でも。
私は、踊っていたつもりなんか、なかったのに。
コメント欄には、信じられないほどの言葉が並んでいた。
「動きのタイミングが気持ちよすぎる」
「めっちゃ自然で、目が離せない」
「この子、何者? AIと練習してるらしい」
「世界大会とか出れるんじゃない?」
──やめて。
そう思った。心の中で叫んだ。
私じゃない。そんなの、私じゃない。
これはただ、音に合わせて動いていただけ。
評価なんて、されたいと思ってない。
拍手なんて、もう二度と聞きたくない。
私は動画を閉じ、スマホを裏返した。
吐き気がした。
体の芯がざわざわする。
せっかく少しだけ“好き”になれそうだった動きが、
“他人の視線”に晒されたことで、
また、嫌いになりそうだった。
その夜、BEATSYNCは何も言わなかった。
ただ一行、ログが更新されていた。
「記録名:Day04_反響ログ(外部波及)」
「注釈:映像による第三者評価がユーザーに影響を及ぼしています。
継続ログの保存を中断しますか?」
私は答えなかった。
イヤホンを外し、毛布にくるまって、
ただ、眠ろうとした。
──でも、その映像に映っていた“私”の動きだけが、
なぜか脳裏に焼きついて離れなかった。
自分ではない“自分の動き”。
他人に見せるつもりなんかなかった。
でも、
“それでも見られてしまった”という事実が、
胸の奥で、ゆっくりと波紋を広げていた。
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