第12話 狂信者

 雨藤あまふじ女子高等学校の駐車場に青塗あおぬりのバンが入ってくると、一台分のスペースを空けてハイエースの隣に停車した。青い車体には『ニコニコ クリーンニング』とペイントされており、帽子をかぶってほうきを持つ豚のマスコットキャラクターまで描かれている。まるで、清掃業者の業務車両のようだった。


 ドアが開くと青いツナギを着た5人の男女が降りてくる。ツナギの背中にもウインクして愛想を振りまく豚が描かれていた。男女は蛮堂ばんどうの戦闘部隊であり、統制のとれた動きで泰斗たいとの前に整列する。



「泰斗さま、お待たせいたしました」

「ああ……」



 体格のよい男が告げると泰斗は頷き返し、今度はハイエースの車窓をコンコンと叩く。それを合図にして春馬たちは全員が車外へ出た。そのなかには禍津姫まがつひめに抱きかかえられた花魄かはくもいる。



「それでは、襲撃計画をご説明いたします」



 泰斗はスクエアタイプの黒縁眼鏡をクイッと中指で上げた。



おみさまたちはネームホルダーを使って正面玄関から高等部校舎へ入って下さい。我々は清掃業者をよそおって裏口から入ります。集合場所は高等部にある3号棟のアトリウム。雨藤あまふじ女子高等学校で4階まである建物は3号棟だけです。集合後は全員で『4階の5組』を目指し、『空き教室のぬし』を急襲して制圧。双葉ふたばりょうさんを救い出します。何か質問は?」



 泰斗が尋ねると春馬は恐る恐る手を上げた。



「あ、あの……」

「春馬君、何ですか?」

「僕たちにはがありますけど……泰斗さんたちは大丈夫ですか?」



 春馬はネームホルダーを差し出してみせる。とたんに、泰斗の表情が不機嫌なものへと変わった。



あきさまの心身しんしん操術そうじゅつほどではありませんが、我々のなかにも催眠術を使える者がいます。すでに術は雨藤の警備員、教員にかけてあり、我々は難なく目的地までたどりつけるでしょう。余計な心配は無用です」

「わかりました……」



 ひろしの右腕として活躍する泰斗たいとは臣が雨藤を訪れると決まった瞬間から、いつでも雨藤へ突入できるように準備を進めてきた。入念な下準備があればこそ、寛は臣の出撃を認めている。



「では、我々蛮堂ばんどうは先発いたします。ほどなくしたら臣さまたちも向かって下さい。合流目標時刻は15時48分でお願いいたします」

「わかりました。ボクたちもすぐに向かいますね」

「キング、何かありましたらすぐにご連絡を」



 泰斗は一礼すると清掃業者にふんした部下たちを引き連れて裏口へ向かう。『ニコニコ クリーニング』の面々はそれぞれ清掃用具入れのバッグを担いでおり、そのなかには退魔用の自動小銃やバットが詰めこまれていた。



×  ×  ×



「それではボクたちもそろそろ参りましょうか~」



 泰斗たちが立ち去ると臣は軽く背伸びをしながら周囲を見回した。禍津姫まがつひめは頷きながら抱きかかえる花魄かはくを見つめた。



「今度はそなたも一緒じゃ。寂しい思いはさせぬ。もうすぐ涼に会えるぞ」

「キュー!!」



 花魄かはくは禍津姫の腕のなかで嬉しそうに両手を広げている。その様子を見ていた春馬はふと、隣にいる小夜さやを見た。小夜は眉間みけんに皺をよせ、鋭い目つきで高等部校舎を睨みつけている。言い知れない殺気が表情に滲み出ていた。



──きっと、小夜さんは『空き教室のぬし』を許さないだろうな……。



 春馬は漠然とそんなことを思った。小夜には優しいところもあるが、寛と同じで苛烈なところもある。



──大切な恋人を攫われて、小夜さんが黙っているはずがない。



 小夜が歩き始めると春馬は汗で蒸れたコルセットを少し緩め、深呼吸をしてからみんなの背中を追いかけた。



×  ×  ×



 裏口へ向かう泰斗は歩きながらスマホを取り出して緋咲ひさきひろしの名前をタップした。呼び出し音が鳴りやむと、「どうした?」という寛の低い声が聞こえてくる。泰斗は前を向きながらおもむろに唇を動かした。



「これから雨藤あまふじ女子高等学校へ入り、キングと一緒に『空き教室の主』をつぶします」

「ああ、わかった。俺のかわりにキングをよろしく頼む。もしものときは……」



 寛の声色こわいろからは何の感情も読み取れない。泰斗もまた無表情で聞き入っている。語りかける寛は一瞬の沈黙を挟んで続けた。



「キングの盾になって死ね」



 寛は淡々とした口調で業務的に覚悟をうながした。



「はい。わかりました」



 泰斗は暗い声で確固たる決意を示す。今の泰斗は寛を盲目的に信じる狂信者だった。やり取りが終わるとスマホをスーツの内ポケットへしまいこみ、部下たちへも決起を呼びかける。



「いいか。鈴宝院れいほういん当主とうしゅ、臣さまがいらっしゃる。怪異を蹂躙して蛮堂ばんどう気概きがいをご覧いただくぞ」

「「「もちろんです、泰斗さま」」」



 泰斗の後ろでは部下たちが粛々と答えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る