第39話「霧ともののけ姫」


朝、駅へ向かう道すがら、ふと山の方に目をやると、稜線に淡い霧がかかっていた。

山肌はうっすらと白く覆われ、頂上の輪郭はほとんど見えない。

その瞬間、私の脳裏に浮かんだのは、ジブリ映画『もののけ姫』の森だった。


深い緑と白い靄が重なり合うあの風景。

霧の奥から、静かにシシ神が現れるような気配。

木々の間をヤックルに乗ったアシタカが駆け抜け、枝の上からサンがこちらを見ている――。

現実の山にはそんな存在はいないはずなのに、霧は視界をあいまいにし、そこに空想を忍び込ませる。


霧のせいで、知っているはずの山の形も違って見える。

晴れた日に見える茶色い岩肌や、風で揺れる草木の細部は隠され、かわりに「見えない部分」が広がっていく。

その見えない領域に、私はつい物語を重ねてしまう。


子どものころ、映画を観た後は決まって近所の山や森が特別な場所に見えた。

「もしかしたら、この奥にあの森がつながっているかもしれない」

そう信じて、誰もいない山道をわざと歩いたこともある。

あの頃の想像力は、大人になった今も消えてはいないらしい。


霧がかかった山を見ると、現実と空想の境界がほどけていく。

そこには、ただの山以上の何かが潜んでいるように感じられる。

それは物語の気配かもしれないし、まだ知らない自然の力かもしれない。


今日も霧の中に、アシタカたちの気配を探してしまう。

きっと、それは私の中でずっと続く“ジブリとの繋がり”なのだ。

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