第25話「氷の器に、夏をすくう」


今年の夏は、かき氷にはまりました。

日差しがきつくなりはじめた六月の終わり頃、何気なくスマートフォンで「かき氷」と検索して以来、私の週末はすっかり“氷の旅”になったのです。


ひとくちにかき氷といっても、その世界は想像以上に広く、奥深いものでした。

SNSには、宝石のように美しいかき氷の写真が次々と流れてきます。果実を贅沢に使ったもの、手作りのシロップにこだわったもの、中にはコース料理のように提供されるものもあり、「これはもはやデザートではなく、芸術なのでは?」と息を飲むほどでした。

そしてお値段も中々ですな。


最初に足を運んだのは、居酒屋が昼間だけ提供しているという限定かき氷。

果実のリキュールと炭酸の香りが混じり合った甘味のある不思議な味に驚かされました。夜の喧騒とは違う、涼やかで清潔な空気の中で食べる氷は、まるで店のもうひとつの顔を見たようで、どこか秘密を共有したような気持ちにさせてくれました。


次に訪れたのは、老舗の甘味処。

長い年月を経た木の椅子に腰かけて食べる、昔ながらのシンプルなイチゴシロップのかき氷。きめ細かな氷が舌の上でふわりと溶けてゆく感覚は、子どもの頃に親友と近所の夏祭りに行った時の記憶をふと思い出させました。変わらない味には、時間までも包み込む力があるのだと思い知らされます。


また、台湾かき氷の専門店では、ふわふわのミルク氷にマンゴーがたっぷり乗った一皿を。

まるで異国の風が口の中にふわりと吹き抜けていくようで、日本の夏とは違う、南の島の湿った空気や喧騒が一瞬だけ脳裏をよぎりました。食べ物が、時間や場所を超えて私たちをどこかへ連れて行ってくれることを、改めて感じさせてくれる体験でした。


そして最後に辿り着いたのは、ごくありふれた、けれど長く地元に愛されてきた近所の飲食店。

昭和の香りが漂う店内でいただく抹茶かき氷。決して派手ではないけれど、素朴で誠実な味がそこにはありました。ふわりと香る抹茶の渋みと、底に隠された小豆の優しい甘さ。何より、店主の「暑い中、ありがとうね」という言葉が、氷よりも胸に沁みました。


こうして、ひと夏をかけて巡った数々のかき氷たち。

どの一杯にもそれぞれの物語があり、空間があり、人の気配がありました。氷を通じて、私は小さな風景たちと出会い直していたのだと思います。


かき氷とは、もしかすると、記憶をそっとすくい上げる器なのかもしれません。

その冷たさに一瞬息を止めながらも、どこか懐かしく、どこか切ない。そんな夏の一皿を、私はこれからもきっと忘れずにいるでしょう。






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