第19話「犬のいる朝」



休みの日、少し早起きできた朝は、ふらりと散歩に出かけるのが好きだ。

朝の空気はまだ静かで、ほんの少し肌寒いくらいがちょうどいい。

そんな朝に遭遇するのは、決まって散歩中のワンコたち。


リードをグイグイ引っ張りながら前へ前へと進もうとする犬。

しっぽをこれでもかという勢いでフル回転させている犬。

小さな服をおしゃれに着こなしている犬もいれば、明らかに「今日は行きたくなかったんだよなぁ…」とでも言いたげな顔で渋々歩いている犬もいる。

中には、バッグの中にきれいに収納されて、ただ「移動」されているだけの犬もいて、それはそれで愛らしい。


そして時々、「あれ? どっちが散歩してるんだっけ?」と思ってしまうほど、主従関係が完全に逆転しているペアにも出会う。

そんな犬たちを見ながら歩く時間は、なんとも言えず幸せだ。


私はこれまで一度も、犬を飼ったことがない。

だからだろうか、犬を見かけるたびに、ちょっとテンションが上がる。

「犬の散歩」なんて響きにも、どこか憧れがある。

毎日早朝から連れ出すのは大変そうだな…とは思うけれど、それ以上に、共に歩く時間の尊さが想像できてしまう。


そんなある日、近所でひときわのんびりとした空気をまとった、おじいちゃんと老犬のペアに出会った。

私がすれ違おうとしたとき、その老犬がふらっと私の方へやってきて、しっぽを振りながら擦り寄ってきた。

その瞬間、思わず「ひゃっ…かわいい!」と心の中で叫びそうになった。


「撫でていいですか?」と聞くと、おじいちゃんはにこにこしながら「いいよ」とうなずいた。

もう、遠慮なく、わしゃわしゃと撫でさせていただく。

老犬は目を細めて、お腹を見せてくれた。なんて無防備で、なんて愛らしいのだろう。


「この子、何歳なんですか?」と尋ねると、おじいちゃんは少し首をかしげて言った。

「ん〜、90歳だよ」

「きゅっ……90!?」

思わず声が裏返った。でもすぐに、「あ、これきっと犬じゃなくておじいちゃん自身の年齢だ」と気づいた。


思わぬ長生きさんにダブルでびっくりだ。


「犬は?」と聞き直すと、「ん〜…いくつじゃったかなぁ、忘れた!」とおっとり笑いながら、犬の背中を優しく撫でた。

すると老犬は、まるで「それそれ、そこそこ」と言うように、体を預けて頭を押しつけていた。

ああ、この子はおじいちゃんが本当に大好きなんだな。撫で方ひとつでこんなに幸せそうな顔をするんだもの。


私はその場を離れながら、なんだかぽかぽかと心があたたかくなった。

特別なことなんて何もないのに、こんなに満たされる朝があるなんて、ちょっと得した気分だ。


今日はラッキーな朝だった。

帰りに、セブンのアイスコーヒーを買って帰ろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る