16 審問

 ギルド登録のトラブルから二日が経過した。




「これからどうしようね……」




 リゼットが呟いた。俺たち六人が目をつけられるのは時間の問題だろう。


 すると、重い足音が近づいてきて、二人の男が現れた。金と黒の装飾が施された衛兵装束。その胸元には、王都騎士団の紋章が輝いていた。




「お二人に、王都より伝達があります」




 最初に口を開いたのは、背の高い男だった。無表情で、抑揚のない声。


 お二人ってのは……まあ間違いなく俺とフィオナのことだろう。


 隣の兵士が、俺とフィオナを順に見た後、形式的に告げた。




「カイ及び、騎士フィオナ=リース殿。あなた方の行動は、王都における治安と秩序に重大なる影響を与える可能性があると判断されました」


「は!?」




 一瞬、耳を疑った。


 俺は何もしていない。ただ、壊れた盾を直しただけだ。なのに──。




「よって、貴族評議会より召喚が通達されています。これより王都議会の決定に基づき、お二人を一時的に拘束し、同行していただきます」


「待ってくれ、それはあまりに唐突すぎ──」




 そう口を挟もうとした俺の前に、フィオナがすっと腕を出した。




「わかった。同行する。カイも、私と一緒に」




 冷静な口調だった。でも、その声の奥に、ほんのわずかな怒りと焦りが滲んでいた。


 


「事情聴取だけで済むなら、悪くないさ」


 


 そう呟き、俺は深く息を吸った。


 ……ちくしょう、こんなことになるなら、あの時どうするのが正解だったんだ?


 まぁ、貴族評議会と直接対決ができるのなら、良しとするか……。




「みんなごめん、俺たちが戻ってくるまで、待っててくれ」


 


 俺はデリンたちに頭を下げた。




「気にすんな、きっちりと話をつけて帰ってくるのを待ってるぜ」




 ガランが親指を立てた。つくづく気のいいおっさんだ。


 デリンは無言で頷き、リゼットとトモは笑顔で応えてくれた。




「行くぞ」




 俺とフィオナは手錠をかけられ、王都の中央区へ連行された。


 まったく、まるで犯罪者じゃないか。何が貴族評議会だ、くだらない。どうせ生まれた家に恵まれただけの連中だろうに。


 


 数時間をかけて王都中央区の奥深く、巨大な議事堂までやってきた。いや、連れてこられた。


 


「ここは『双璧の広間」。王都を支える柱の二つである『王都議会』と『貴族評議会』の双方が顔を揃える、最も権威のある審問の場だ。決して無礼のないように徹しろ」


「わかりました」




 うるせえよ!と悪態をつきたいのは山々だったが、俺は従順に接した。


 中央の円形議場には、重厚なローブに身を包んだ老貴族たちがずらりと並び、王都議会の代表者たちがその向かいに座っていた。


 王都議会は庶民代表のため、貴族評議会よりは話が通じるそうだ。いかにして王都議会を味方につけるかが重要だな……。


 


 俺は、広間中央に立たされていた。


 緊張の空気が皮膚に突き刺さるようで、思わず喉が鳴った。


 隣に立つフィオナが、わずかに首を振って俺に目配せをする。


 いかにも偉そうな議長が木槌で音を鳴らした。




「これより、カイ及び同行者フィオナ=リースの処分を決定する審問を行う」




 おいおい、こんなん勝ち目無いじゃんかよ……処分を決定とか、罪があることが前提になってるし。




「北方方面騎士団第二隊、フィオナ=リース。今回の一件は、すべて私の責任の下で行動しました」


「ほう。では、貴女がこの『異能者』を王都に連れ込んだと?」




 貴族評議会のひとり、しゃがれ声の老男が目を細めて言った。


 


「この者の正体は不明。どこの国にも記録はなく、身元も経歴も偽装可能。王都内で反乱を起こす可能性すらある」


「いや、彼は……」




 フィオナが反論しかけたが、議長の打つ木槌の音が場を制した。


 


「発言を許可しよう。異能者カイ──。君はこの王都に、何を求めてやって来た?」


 


 俺は静かに、前を見据える。


 心臓が早鐘を打つ。でも、ここで黙っていたら、俺が踏み込んだこの世界に意味なんてなくなる。




「俺は、この世界のことを、ほとんど知りません。理由は単純で、俺は転移者なんです。別世界で死んで、転生して……気づいたらこの世界にいました」




 議場にざわめきが走る。


 転移者であることをカミングアウトするのは非常にリスクが高いが、俺はすべてをさらけ出してやろうと思った。




「けど、見えていることはあります。自分の利益のために人を支配したり、魔物を恐れて何もできなくなった人々と、それを守ろうとする者たちがいると聞きました。けれど、その中で……希望も見たんです」




 俺は手を前にかざし、創造の力を静かに呼び起こす。


 青白い光が、俺の手のひらから立ち上がり、宙に舞い──ひとつの剣となって姿を現した。


 もちろん、何か素材を持っているわけでもないのでただのハリボテだ。




「俺は『創る』ことができる。何もない場所から、人を守る武器を、道を拓く手段を生み出せる。……この力で、俺は誰もが幸せになれる街を作りたい。そのために、王都の協力が必要なのです。なので反乱などありえません。ギルド登録も、俺の計画に賛同してくれる仲間を探すことが目的でした」




 言い終えると同時に、場が沈黙に包まれた。


 貴族の何人かは鼻で笑い、他の数人はあからさまに顔をしかめていたが、王都議会の若い議員の一人が立ち上がった。




「……我々王都議会としては、彼の力と信念を評価したい。身元が不明であるというだけで排除するのは、未来を閉ざす行為だ。もし彼の持つ力で本当に大都市が形成されたら、この国の未来も明るい。今の我々に必要なのは、変化を恐れぬ勇気ではないか?」




 その声に、王都議会側の賛同の声が重なっていく。


 貴族評議会の一角が騒然とし始めたが、中央に座る裁判長が木槌を振り下ろした。




「静粛に。……審問の結果を言い渡す。被審問者カイ、および同行者フィオナ=リース。両名に対し、いかなる処罰も与えず、無罪とする。加えて、今後の動向を監視下におきつつ、王都との関係を継続することを許可する」




 俺は思わず目を見開いた。フィオナが小さく息を吐く。




「……ありがとうございます」




 貴族たちが文句を言う声が止まなかったが、とりあえず王都議会は俺たちを認めてくれた。


 そして数分が経過したとき、広間に急ぎ足で騎士が入ってきた。




「王都議会より通達があります。被審問者カイに対し、国王陛下──アルディナ=レーヴェル陛下が謁見を希望されている、とのことです」




 その言葉に、議場全体が凍り付いた。


 ──国王に謁見。まるで夢のような響きだった。


 


「えっ、けん……?」


「はい、謁見です。あなた方の今後について、話したいことがあると」




 俺は小さくガッツポーズをした。これは間違いなく、勝った。


 


「おい、おかしいだろ!」


「スキルで国王陛下を錯乱させるとは……!」




 まったく、貴族ってホントに馬鹿ばっかりだな。


 俺はため息をついた。




「あらぬ疑いをかけるのはよしてくれ。王都議会の声を聞いただろ? あれが国民の意見なんだよ。あんたら貴族がふんぞり返ってる間に、世界で何が起きているのか知らないのか?」




 まあ、俺も何も知らないんだけど。




「この野郎!!」




 老貴族が今にも殴りかかってきそうだったが、議長が再び木槌を強く鳴らした。




「静粛に。貴族評議会は、裁判長の決定に逆らわないこと。カイ殿は、貴族評議会を挑発する発言を控えるように」


「すみません」




 俺はすぐに小さくなった。裁判長だけは怒らせてはいけない気がするので。




「カイ、頑張れ」




 フィオナは俺の目を見て微笑んだ。


 国王と話し合い、ルディア村発展への大きな後ろ盾を得るとしよう。




「これにて、閉廷とする。フィオナの身柄を解放し、カイを国王陛下のもとへお送りしろ」




 議長の言葉で、一気に肩の力が抜けた。


 何とか乗り切った……。転移者であることを明かしたことで、面倒なことにはなりそうだが。


 だが、街の発展を夢で終わらせるつもりはない。


 この世界に来た意味を、俺自身の手で証明するんだ。


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