ハンス、商人を始める

「これで6本目か」


 ムラマサは超レアだがこんなにあってもな、部屋もそんなに広くはないしどうしたものか。


「それにしても……野菜や果物もほしいな」


 このダンジョンに来てから早数日、肉以外食ったことがない。 地上にいた頃はあれだけ野菜が嫌で肉ばかり追い求めていたのに今は逆だ、このままでは健康が危うい。


 一応植物系の魔物もいるが毒があるかもわからん、そんなもの食えたもんじゃない。


「運良く冒険者でも通りかかって恵んでくれれば助かるのだが……」


 そんな都合のいいことは起こらない……と諦めを決め込もうとしていたが、神は俺を見放してはいなかった。

 俺のいる部屋に3人の人間が駆け込んできた。


「はぁ……はぁ……小部屋か、助かった。 少し休もう」


「賛成。 まさか25階過ぎてからあんなに魔物が凶悪になるなんて……聞いてねえよ」


 3人のうち2人が喋り終えた直後、残りの1人が俺に気付き驚きの声を上げる。


「え……うわああああっ」


「ぬわああぁぁっ」


 ちっ、釣られて俺まで大声出しちまった。  御三方さんはっと……まぁこんな階層の狭い小部屋に人がいるなんて不自然だろうからそりゃ構えるわな。


「誰だ貴様、盗賊かっ」


「まさか俺達を待ち伏せしてたか?」


「そうに違いない。 やられるまえにやろう」


 おいおいおいおい、これ完全に俺斬り伏せられるの待ったなしだよな?

 見たところ悪い奴らじゃなさそうだし、ちゃんと投降しておこう。


「ストップ、ストーーーーップっ。 俺に戦意はない、待ち伏せもしてない、信じてくれ」


 必死に訴えると3人は顔を見合わせホッとひとあんしんした表情を見せる。


「確かに、あんたは盗賊の類ではなさそうだな。 疑ってすまなかった」


「いやいいって、こんなとこに人が潜んでたらそりゃ構えもするだろう」


「確かに驚きはしたな……それは、ムラマサか?」


 男は小部屋の壁に賭けられてる刀を興味深そうに指を指した。


「そうだけど。 サムライアンデッドを討伐してるうちに溜まった」


「ウソだろ? あのレア武器がこんなに並んでるなんて」


「そんなに珍しいのか?」


 俺の疑問に戦士は血眼になって力説してきた。


「珍しいし高価だぞっ。 街の商店では3000000ゴールド出さなきゃ手に入らない代物だ」


 刀1本に300000ゴールド……あぁー、あの店か。


「それってまさかボッタクリヤ商店?」


「そうそう、あの店はどの商品も高価でな、きっと質のいい商品を扱ってんだろうなぁ」


 ここで彼らの夢を壊していいかどうか、けど長い目で見ると教えてやった方がみんなのためになる。


「あぁ、実はな、あの商店の値段、ボッタクリ価格だぜ?」


「ウ、ウソだろ?」


「ウソじゃない。 なぜなら商店の武具には一切の付随効果がない、あのムラマサでさえもだ。 だがこっちのムラマサはどうだ、体力底上げに筋力増強、反応速度上昇まで付いてる」


 俺の持つムラマサを戦士が鑑定の鏡で覗き腰を抜かす。


「うわ、マジだ。 ってことは俺達あの街の親父に騙されてたってことか?」


「まぁ、平たく言えば……」


「チクショオォォォっ、2度と行くかあんな店っ……ところでアンタその部屋の鎧や剣、そんなに集めてどうするんだ?」


「どうもしないよ。 食料目当てでウルフ狩ってたら一緒にいて邪魔だからとりあえず拾ったって感じ……ん?」


 俺が事の経緯を話し終えると戦士はおもむろにカバンからありったけの札束を出した。


「それなりに金はある、ムラマサとその鎧売ってくれないか? あんなボッタクリ屋じゃ戦力も頭打ちだっ」


「そっか、それなら……」


 いや、待てよ。 この階層から出られない俺にとって金なんて役に立たないのでは。

 ここに留まり続ける上で今一番必要なもの、それは……。


「物々交換と行こうか」


「物々……そんなやりかたでいいのか?」


 そりゃ驚くよな、地上で大枚叩かなきゃ武器買えないのにここじゃいくらかの物資の要求で済むんだからよ。


「さっきも話したように俺はこの階から出れない。 そんな俺に金なんざ無用の長物、であるならば肉、野菜、その他生活物資を恵んでくれいってなもんだ」


「野菜ならあるが……キャベツの種が20粒、キャベツが5玉、キャロットの種が6粒に実が7本」


「酒は……あるかい?」


「20年もののリキュール、ラミュ・ジエラが一瓶」


 ふぅーん、まぁまぁといったところか。

 野菜の種ならマナを分け与えれば太陽の代用にはなるしこの階には水も豊富だ、悪くない。

 後は戦士がどう出るか……。


「ならそれを条件としよう……どうだい?」


 俺の取引に戦士は快く頷いた。


「問題ない。 30万もボッタクられるのを思えばこれくらい安いもんだ、恩に着るよ」


「俺の方こそ助かった。 しばらく肉しか食ってなかったから野菜がほしかったところだ」


 程なくして冒険者3人は意気揚々としてダンジョンへと戻っていった。

 それにしても金以外で取引、意外と役に立つな。


 まるで商人みたいだ、ダンジョン商人。 悪くないかもな、こうなりゃいっちょやってみっか。

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