第7章 マヤズメモリーズ 3
「まさか、一万五千年近くも平和が続いたこのパーリヤが、この様な形でその平和が崩れ去るとは!」
カチューシエは、息を殺しながらも更にざめざめと泣いた。
「叔母君様、内はコボルト共と戦う事を決意しました! 全ての元凶はドリードッグスに有ります」
内は、カチューリアの眼を真っ直ぐに見据えた。
カチューシエはこくんと頷いた。
「ドリードッグスが惑星パーリヤの征服を目論んでいる以上、この戦いは、勿論、父君様、兄君様達の仇討ちの意味が有りますが、それ以上に、我々を裏切ったコボルト族を退けて、パーリヤに於ける全ての妖精達を救えるかどうかと言う重大な局面で、正に雌雄を決する戦いでも有ります」
「おお、マーヤ、良くぞ言って呉れました。ピクシー族はそなただけが頼りなのです!」
カチューシエは、内の
「叔母君様、今はピクシア王国存亡の危機! この館を軍事と外交の拠点として使いたいのですがお許しを賜れるでしょうか?」
「勿論です共。 この館はそなたが思う通りに使って下さい! 后と息子のビンセントは離れの方に住まいます」
カチューシエは、内の申し出を快諾した。
「后」とは、
「内」も又、未婚の王妃が使う一人称だった。
「恐縮です、叔母君様。 内がコボルト共の蛮行を考えるに、恐らく我らピクシー族を滅ぼして、その領土をドリードッグスに与える腹だと思われます。 それだけは何としても防がなくては成りません!」
「ええ、后は政治の事に疎く、ビンセントも未だ幼い。 そなたの手でピクシー族を是非、守って下さい! どうかそなたにスフィアン神のご加護が有ります様に!」
スフィアン神とは、古えの時代に絶対絶命のピンチに陥ったピクシー族を救って呉れたとされる惑星パーリヤの地母女神で、現在のピクシー族に於いて唯一の信仰対象に成っている神の事で有った。
「先のサミルカンド侯爵様が若しもご存命だったら、どれ程、内は心強かったか」
「マーヤ、その事は言わない約束ですよ」
「そうでした。叔母君様、申し訳有りません」
内はカチューシエに頭を下げた。
先のサミルカンド侯爵ローエンはカチューシエの夫で、その類稀れな智謀と勇敢さで有名な侯爵だったが、10年位前に原因不明の病を患い他界していた。
内は気を取り直して、この二人に対して予めこれからの事を説明をして置こうと思った。
「折角、叔母君様と侯爵ビンセント様がこちらにいらっしゃいますので、これからの事について内の考えをお伝えして置きたいと思います」
「ビンセントや! マーヤ王女のお話を良く聞いて置きなさい!」
「はい、お母上様」
現サミルカンド侯爵だが、未だ幼いビンセントは、内の言葉を一言も聞き漏らすまいと傍耳を立てた。
「先ず、宰相にはセンドリック大聖皇猊下にご就任を戴く積りです。 猊下にはお名前をお借りするだけに成ると思っています。 ただ、教会は他種族と独自のネットワークを持っていますから、公式の外交とは異なる本音の外交を、内々に展開する必要が有ります」
これまでの慣例では、宰相は皇太子が兼務する事に成っていた。
「おお、それは良い考えです!」
カチューリエは、内の考えに賛意を示した。
「マーヤ王女、続きのお話はお茶を挟んでからお聞かせ下さい。 后達も未だなので朝食を運ばせましょう。 ビンセントはメモを取る用意をしてからここに戻って来て頂戴」
内達が遅い朝食を摂っている間に、昨晩、爺が送った書状の返事をレインボーバード達が持って、この館に戻って来た。
姉のソミーナからは、是非、内に全軍の指揮を執って欲しいと言う旨の返事が有った。
センドリック大聖皇からは、教会は政治に不干渉が原則ですがこの危機的な状況に鑑み、甚だ力不足では有りますが皇は、謹んでマーヤ王女様のお言葉に従い宰相への就任をお引き受けしますとの返事だった。
「皇」とは、大聖皇の一人称で有る。
最後の返信は、マガリアの郷の領主卿クラウス伯爵卿からだった。
その内容は、国王陛下ご夫妻と皇太子殿下ご夫妻のご遺体は、これまでマガリアの郷で安置していたが、マーヤ王女様からの書状を賜り、インペルアルホールの兵士達は疲弊しているので、代わってマガリアの郷の兵士達が、既にサミルカンドへ運んでいるとの事だった。
「良かった!」
内は、その報せを受けてホッと深く安堵した。
「おお、誠に! これで兄上様達を手厚く葬る事が出来ますね。 それだけがせめてもの救いです!」
カチューシエは、スフィアン神に感謝の意を伝える事が出来るとされている「コウーメの儀」と呼ばれる一連の動作を行った。
「コウーメ」とは、ピクシー族がスフィアン神の母なる源で有る大女神エレノアに呼び掛ける時の言葉で有る。
その言葉を冠した動作を行う事で、この銀河最古の大女神エレノアの子孫で有るスフィアンに思いが届くとピクシーの民は信じているのだ。
一つの安心を得た内は、朝食を摂り終えて、これまで考えて来た自身の構想を二人と爺にに話始めた。
「父君様達の葬儀は、ピクシー族だけで国葬として執り行う積りです。 全種族総会で既にドワーフ国のゼシーノ陛下がコボルト共に拘束されているのです。 他種族の要人を葬儀に招いてまた騒ぎに成ったら大変ですから」
「そうですね、それが賢明でしょう。 ですがマーヤ、我が兄リチャーダイン五世国王はとても国民に尽くした国王です。 兄の名に恥じない盛大な葬儀をお願いしますよ」
「はい、叔母君様。内にお任せ下さい。 しかしその前にピクシア王国に暮らす二千三百万に及ぶピクシー族の国民を安全に暮らせる様にする事が先決です。 ご遺体の方は冷蔵して、国葬はその間に頃合いを見計らって執り行いましょう」
「ええ、それがそなたが
カチューシエも内の考えに納得した様子だった。
「国民が暮らす郷が、現在のように三十箇所に分散されていてはコボルト共の侵攻を防ぎ切れません! そこで、地形が防衛に向いている五つの郷に全国民を移動させます」
「何と!」
「叔母君様、大丈夫です。 コボルト共のターゲットは確かにピクシア王国ですが、今は、全種族総会での蛮行に対する各種族の反応を確かめたい筈です。 出来れば恐れを成した種族に多数化工作を仕掛けたいとも考えているでしょう。 我々には守りを固めるだけの時間的な余裕が有るのです」
「そうね、マーヤに言われて見ればそれは素晴らしい考えね!」
カチューシエは、内の洞察に対して感嘆の声を上げた。
「守りとする拠点は、ベルゼン、ローエンディア、トルミアード、ミスドラド、そしてここサミルカンドの五箇所です。 それとは別に居住区は作りませんが、最前線のマガリアにも兵を置きます。コボルト軍を挟撃する為です」
ビンセントは、内の言葉をせっせとメモに書き写していた。
「内政の拠点はトルミアードに置きます。 天然の要塞として最も優れているからです。 そしてトルミアードに首都を遷都させます」
「エルカンドラからトルミアードに遷都?」
「ええ、トルミアードにはセンドリック猊下にお入り戴きます。 トルミアードをピクシア政権の中核だと思わせて、実権はここサミルカンドに集中させます」
「成程」
「サミルカンドの位置付けは軍府とします。 要するに軍務に特化した拠点だと思わせるのです。 そして残るベルゼン、ローエンディア、ミスドラドは郷から郡に昇格させ、大祖母様達の家系に爵位を与えて、その者を郡の領主卿に任命します。 そして現在の領主卿は副領主にした上で国民を受け入れのです」
「それ以外の郷は、全て放棄するのですね」
「御意!」
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