第148話 少年とヤマト
スラム街の奥へ奥へと、ヤマトは足を進めていく。
その足どりは、先ほどと違ってしっかりしたものに変化していた。
イハネ王女とリリス達、そして近衛兵は黙ってついていく。
何か、何かがヤマトの中で変わりつつあることを一同は感じていた。
(ヤマト様……。)
イハネは心配そうにヤマトの背中を見つめている。この変化が、イハネの望むものであることを心の底から願っていた。
そのヤマトは黙々と進む。
ときおり、周辺の惨状に目を止めていた。その背中は悲しそうで、そして酷く打ちのめされているように見えた。
ふと……。立ち止まるヤマト。
「ヤマト様?」
「どうしたのじゃ?ヤマト。」
「あれは…………。」
ヤマトは、道の片隅をトボトボ歩いているエルフの少年に視線を止めた。
まだ5歳にもならないボロ布を来た少年と、小さい赤子を背負って歩いていた。
(兄妹か……。)
年端もいかない少年が、赤子の世話をしている。
それは特段珍しい光景ではなかった。しかし、ヤマトは異変を感じた。
その赤子の様子がおかしい。
ぐったりとして、首が曲がって。ブラブラとしている。
(あれは……まるで死んで……。)
ヤマトは何を思ったのか、その少年に近寄っていった。
「き、君……。その赤子は……。」
ヤマトの中に何か電流のようなものが走った。その赤子は既に息絶えていたのだ。
「…………!」
近寄る貴族の男、つまりヤマトに気がつき。少年は立ち止まった。。
「なんだ。お前……。貴族がこんな町に何の用だ。」
「その子は……妹かい?」
「そうだ。昨日死んだ……。」
ヤマトは胸が締め付けられる思いがして、胸を押さえた。
「ど、どうして……。こんなことって……。」
「は!?」」
少年は目を見開いた。
「どうして!?どうしてだって!?」
「…………っ?」
「お前ら貴族がパーティだので遊んでいるときに、妹は寒さと飢えで死んだ!ただ、それだけさ!」
「…………っ!」
「お前ら貴族様が、何のつもりでここに来たかは知らねぇ!」
「…………しょ、少年。」
「おいら達は見世物じゃねぇ!あっち行け!」
「…………っ。」
まさにヤマトは少年が言うように、暖かく清潔な場所で、己の欲を満たすためだけに遊び呆けていたのだ。
ヤマトは少年の言葉に斬りつけられた気持ちだった。魔王にやられたときだって、これほどのダメージを負わなかった。
「…………う。」
「オヤジも死んだ!おふくろも死んだ!食べるものもねぇ、寒さを防ぐ衣服だってないんだ……。妹が、妹が一体何をしたって言うんだ。まだ1歳だぞ……。」
ポロポロと涙を流す少年エルフ。
「お前ら貴族様はいいよな!そんな温かい服を着て、うまいメシを食ってよ!」
そして憎々し気にヤマトを睨む。
ヤマトは、思わず膝をついて崩れ落ちた。
「お、俺は……。」
(俺は……、何のために生きてきた?そうだ……、両親に……両親に会うために生きている。ただ、それだけのために生きてきた。しかし……。)
ヤマトは少年の姿を見る。
(この少年はもう両親にも会えない。そして唯一の肉親だった妹も……。なんて俺は甘いんだ。自分が両親に会いたいって気持ちよりも、両親にも会えず死を待つだけの存在が世界にはいるんだ。)
ふと、ヤマトは先ほど視察してきた貧困層のエルフ達を思い出す。
(彼らだってそうだ。彼らは生きるだけで精一杯なんだ。それに比べて、俺は……俺は……暖かい暖炉のしたで毎日……。)
ヤマトは自分の感性そのものが狂っていることに気がついた。
(俺は……おかしくなっていた。)
ヤマトは立ちあがり、ヨロヨロと少年に近寄る。
「来るな!この野郎!」
少年は、近くにあった大きな石を拾う。
「は!いかん!」
近衛兵がヤマトの先に回り込み。注意を促す。
「ヤマト様。危険です。」
しかし、近衛兵はヤマトの目を見て驚いた。
「ヤ、ヤマト様……泣い……。」
思わず道を譲る近衛兵。
この近衛兵の名前は、ロジナン・イーサリム。近衛兵になりたての新米兵である。
ロジナンはのちに語る。
「龍人王の目から、大粒の涙がこぼれそうになっていた。俺はあんな悲しそう目の人を見たのは初めてだった……。龍人王は何かに打ちのめされているようだった。」
ヤマトは、ゆっくりと少年に近寄る。
「く、来るな!」
少年は石をヤマトに投げつける。
ガツン!と、ヤマトの頭に石がぶつかる。
「……いけない!近衛兵たち!」
危険を感じたイハネが叫ぶと、危近衛兵は再びヤマトの前に立とうとする。
しかし、ヤマトは近衛兵とイハネ王女たちを手で制した。
「退いてくれ。大丈夫だから。」
「ヤマト!」
「ヤマト様」
ルシナとヴィールムが、制止を振り切って前に出ようとする。
しかし、ヤマトは叫ぶ「くるな!」
「…………っ。でも。」
「ヤ、ヤマト様?」
ルシナ、ヴィールムと近衛兵は顔を見合わせる。
少年は大きな石を次々に拾う、そして足を止めないヤマトに向かって次々に投げつける。
ガツ! ゴン!
石がヤマトの顔や頭、そして体を打ち付ける。いくら強い肉体を持つヤマトでも、痛みがないわけではない。相当な痛みと傷を負っているはずだった。
しかし、ヤマトは無言のまま進む。
ヴィールムとルシナは焦りの中。疑問に思った。
「ヤ、ヤマト様はどうして避けないのか。あれほど強いかたであれば避けることなど造作もないだろうに。」
「さ、さあ?ボクにもヤマトの意図がわからないよ……。」
リリス達は、そのヤマトの後ろ姿を黙って見つめている。
「ヤマト……。」
「ダーリン……。」
「ヤマト……。」
リリス達は理解していた。ヤマトがあえて石の痛みを受けていることを……。いや、痛みではなく、少年の絶望を受け止めているのだと。さらに自分を戒めているのだと……。
「来るな……!この野郎!最低だ!お前らは最低だ!」
ヤマトはやがて、少年の目の前まで接近すると、膝を曲げて腰を下ろした。
「この最低野郎!お前ら貴族は最低だ!」
殴りかかろうとする少年。
「…………?」
しかし、何もしてこないヤマトを疑問に思ったのか、少年はヤマトの顔を覗きみる。
「…………っ。お前……泣いて。」
少年はヤマトの顔を見て驚いた。
ヤマトは頭から血を流し、そして自らの目からは大粒の涙を流しているのだ。
「お前……。」
そして、ヤマトは自分が纏っているマントを脱いだ。クローベアーの毛皮から作られて超高級品のマントだ。
そして、マフラーも取り外した。
マフラーは少年に巻き付け。
そして、背中で無言の亡骸となっている赤子をマントで包んでやった。
「かわいそうに……。寒かったよね。」
「……お。おまえ……?」
少女はヤマトを不思議そうな顔で見つめている。
ヤマトは少年に笑顔を向けた。
「そうだな。俺は最低だったな……。ありがとう、最低だって気がつかせてくれて……。」
「え……?」
立ちすくむ少年を、そっと抱きしめた。
「ごめんよ。辛かったね……。妹を一緒に弔わせてくれ。いいかい?」
すると、少年の目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「う、うわぁぁぁ!」
慟哭や泣き叫ぶ、そういった泣き声ではない。
少年はただ少年の年齢らしく。大きな声で泣いた。
「…………龍人様。」
「…………何と。」
エルフの孤児とその背中には躯になった赤子、膝をついて彼らを抱きしめているヤマトの姿は神々しく。近衛兵達は言葉を失った。
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