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「いえ……」スニは言いよどんだ。「たぶん、遠いです……。ここがどこなのか私にはわからないのです。風景が、どういうわけか植物や動物までもが見慣れたものと違って……」


「どういうことだ?」


 スニが困惑しているためか、ソリョンも心配そうな声になった。


「陸は広いのです。海も広いでしょうが、陸も広くて、私たちはそのほんの少ししか知らないのです」スニは言った。「ひょっとしたらここは、私たちが住んでいたところから、ずっとずっと遠く離れた場所なのかもしれません……。だからよくわからない生き物がいるのかも……」


「ということは――私の国からも遠いということだな」


 スニはだんだんと不安になってきた。元のところに帰れるのだろうか。遠い――どれほどの遠さなのだろう。歩いていればそのうち辿りつける距離なのだろうか。


 ソリョンも黙っている。解決方法を探すように、スニは海を見た。そしてあっと声をあげた。


 沖合に何かがいる。海の中から何かがにょっきりと突き出ている。それは首、長い首とそしてその先にある小さな頭だ。その姿はソリョンに、変身したソリョンによく似ている。


 スニの驚きの声を聞いて、ソリョンもスニが見ているものを見ようと振り返った。そしてソリョンも声をあげた。


「私の仲間がいる!」


 驚きと、そして喜びに満ちた声だった。はじけるようにソリョンは言った。


「私と同じだ! 私の仲間! 私は一人ではなかったのだ!」


 長い首が大きく伸ばされる。太陽の光を浴びて、ソリョンは笑った。いや、人間ではないから、上手く笑うことはできなかったが、もし人間だったら大いに笑ったことだろう。全身に興奮があふれていた。


「ここは私の世界だ!」


 ソリョンはそう言うと、海に消えた。そして自分と同じ姿をしたもののほうへと向かっていった。


「あの……!」


 スニはソリョンに向かって呼びかけたが、たちまち姿は遠くなった。陸には――スニだけが残された。




――――




 スニは呆然とした。行ってしまった――。沖合に見えた長い首と顔は、こちらも海に潜ったのかいつの間にか消えている。そして、ソリョンの姿は、ない。どこにも――。


 ……私、一人ぼっちになっちゃった。


 このどこだかわからない場所で、私は一人ぼっち……。不安がスニに押し寄せた。くらくらとしてきたが、スニは必死で思った。いえ。一人じゃない。陛下がいらっしゃるもの。今はいないけど――でもすぐに戻って来てくださる。


 陛下が私を置き去りにしてどこかに行かれるわけがない……。きっとそう。そうに決まってる。


 スニは無理にでも強く思った。ソリョンが戻ってくるのを待とう。ならばここに留まっておくのがいいだろう。どれくらいで戻ってくるのかわからないけど……長くかかるのなら、座っておこうかな……。


 スニは身じろぎした。そのついでに、あらためて周囲を見渡した。海が広がっている……海自体は、スニが知っているものと大差はない。あの奇妙な巨大コウモリが、やっぱり飛び回っているが。


 スニは後ろも見た。少し行ったところに森がある。どこかおかしな植物で覆われた森。そしてその森から――何かがゆっくりと姿を現した。


 とかげだわ、とスニはその生き物の顔を見て思った。とかげの顔。変身した陛下にも少し似てる。でもそれよりも大きくて、ごつごつしている。


 体はとかげではなかった。それは、二本足で立っているのだ。大きなたくましいふともも。立派な爪のついた足が、がっしりと地面を捉えている。


 大きさもとかげではない。こんな大きなとかげなど見たこともなかった!


 その頭はスニよりずっと高くにあった。高身長の男性より高いだろう。太くて長いしっぽもある。全体が黄土色をしておりうっすらと灰色の縞模様もあった。


 前足は小さい。しかしそこにも鋭い爪があった。その生き物はゆっくりと前進し――そしてスニに気がついた。


 目が合う。二つの大きな目が、スニを補足する。不思議がっているようだった。ゆっくりと、生き物の上体が倒された。生き物は低い姿勢でじっとスニを見ている。


 どうも友好的な視線とは思われなかった。それは吟味だった。これはなんだろうこれは――。謎の生き物はスニを見て、おそらくそう考えている。太いしっぽが左右に揺れる。


 生き物の口がうっすらと開いた。そこにはとがった歯がずらりと並んでいた。生き物はまだスニを見ている。まだ考えているのだ。これはなんだろうこれは――食べ物?


 スニは身を翻して逃げた。どう考えてもあれは屈強な肉食動物で、自分は哀れな獲物だった。スニは逃げ、自分でも気づかぬ内にうさぎになっていた。


 うさぎのスニは逃げる。追ってくる気配がする。一目散にスニは逃げる。そうよ、うさぎはこういう生き物よ。彼らは弱く、肉食動物たちにとってはちょうどいい食料で、でも食べられないように、懸命に逃げる――。


 逃げて、逃げて、逃げて――。そうして私たちは生き残ってきたのだから!

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