太陽×太陽

『俺に罪悪感なんか抱くな。目指す未来を諦めずに進め。お前らならできる』

 ーーセナは別れ際に言った。

 自らの信念を貫きながら、それとは違う未来の背中を、静かに押してくれた。

 私たちは今、その未来の先頭で、かつて真っ暗闇だった足元に、確かに道があるのだと確信していた。

 治験の開始から約2週間ほどが経過して、わずかだった変化が、兆しの域を飛び越え、はっきりとわかるほどに実をつけていた。

「アマネちゃん。ユイに会えるって本当なの」

 ナツキの声は弾むように、屈託のないリズムを刻んでいた。

「ええ、ユイも早く会いたがっている。

 今日の検査が終わったらすぐに会えるわ」

 ナツキは、肩からかけたポシェットから小さな鏡を取り出して、自分の髪の様子を確認した。

「変じゃないかな。大丈夫かな」

 ナツキはそう言いながら、指先で髪の先を軽く撫でた。

 ナツキの、綺麗な長い髪は、館内の無機質な青白い灯りの中でも、暖かく美しく見えた。

「とっても素敵よ。ユイなんか、すぐにイチコロね」

 アマネが笑うと、ナツキも小さく頷いて、鏡をそっとしまった。

 その仕草さえも、この世界にほんの少しだけ“日常”を取り戻しているように感じられた。

 アマネは、車椅子を進めるすぐ横を、ゆっくりと離れないように、寄り添うナツキを愛おしく感じながら、同時に過去の自分を重ねていた。

 父が残してくれた未来に、その輝きにやっと目を向けられたのかもしれない。

 少し進んだ先。検査室の前で車椅子を止めた。

 検査室の前には、ガラス越しに広がる中庭があった。

 ドローンやボットたちが、僅かに植えられた植物の世話をしている。

「もう少しで、ユイの検査は終わるわ」

 緊張しているのか、アマネのそばから離れようとしないナツキに優しく語りかけた。

「お花とか無いとダメだったかな」

 ナツキはそう言ってゆっくり視線をガラスの向こうの緑へ向けた。

 その肩に、アマネは静かに微笑みを返した。

「大丈夫。ユイはナツキちゃんが来てくれることそのものが、どんなお見舞いよりも嬉しいはずよ」

 アマネもナツキの視線を追うように中庭に目を向けた。

 ナツキは嬉しそうな声で「そうだといいな」と笑って言ってから、中庭のドローンを指差して続けた。

「ここにある植物は、ドローンやボットがいないと枯れちゃうの」

 ナツキの質問に、アマネは答えを探すように、中庭の緑に視線を戻すと、後ろから軽やかな声が響いた。

「ーーいい質問だね。

 答えとしては、枯れるものもあれば、枯れないものもある」

 振り返ると、満面の笑みのユイがそこにいた。

「ーーユイだ」

 ナツキは、そう言ってアマネの手を取り、太陽のような笑顔をアマネに向けた。

「ナツキちゃん元気にしてたかな。ドームであって以来なのに、なんだかそんな気がしないね」

 ユイは、そう言ってから、手を膝に当て、少しかがんで、ナツキの顔の高さに視線を合わせた。

「それに、なんだか前より大人っぽくなったんじゃないか」

 それを聞いたナツキは嬉しそうに喜び、アマネと視線を合わせた。

「ーーほらね。イチコロでしょ」

 顔を合わせ笑い合っていると、ユイが不貞腐れたような声で話し始めた。

「なんだよ。いつの間にか、俺なんかそっちのけで仲良くなっちゃってさ」

 そんな拗ねたような言葉とは裏腹に、ユイの顔には、また太陽のような笑みが浮かんでいた。

 ナツキの緊張は、どこかに消えたみたいになくなり、ふわりと軽くなったように笑っていたが、思い出したように、ぴたりと笑いを止め、口を開いた。

「あのね、ユイ。

 ーーあの日、声をかけてくれて、助けてくれてありがとう」

 どこか気恥ずかしそうに、そう言うと、ぎゅっと握るように、車椅子のフレームに手を掛けた。

 アマネは驚くでもなく、ただ静かにその手を見つめていた。

「どういたしまして」

 ユイは、一度しっかりと丁寧に返してから、一呼吸置いて続けた。

「それにさ、俺の方こそ、お礼を言わなきゃいけないくらいだよ。

 君のお父さんや、みんなを繋げてくれたのは、他でもない、ナツキちゃんなんだから」

 そう言ってユイは、ナツキちゃんの前に手のひらを開いて向けた。

 ナツキは、手のひらを見て、その意味が飲み込めず、一瞬戸惑ったが、ユイがフワフワとその手を前後に動かした、瞬間にパッと顔が輝いた。

 次の瞬間、ナツキはその手に、パンッ大きな音を立てて自分の手を当てた。

 ユイとナツキは、顔を合わせ二人してへへへと笑い合っていた。

 白い壁に、やさしく反響した、二人のハイタッチは、この世界への宣言そのもののようだった。

 アマネは、その音を胸の奥にしっかり刻んだ。

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