第25話 果てしない道のり
「なんか売れる発見くれえ〜! 天才はいねーか〜?」
ラウンジのソファに突っ伏しながら、吉昌がまた駄々をこねている。 それを見て、津玖流が両手を上げて悲鳴を上げた。
「吉昌さん、もう諦めてくださいって! うちには氷しかないですよ!」
「まったくだ。冷却カプセルもメーカーが特許取ってるし、この大学なんにも売りもんがない……」
そう言いかけた吉昌の目が、紅子の冷たい視線にぶち抜かれた。
「……すみませんでした」
津玖流が呆れたように肩をすくめる。
「というか、吉昌さん、発見の価値とか絶対わかんないでしょ」
「うるさい。なんでもいい。新商品になりそうな発明が欲しい! 出せ、天才!」
「なんで大学の発明にそこまでこだわるんです?」
「占いだ」
「は?」
「親父の遺言みたいなもん。俺のハッピー人生の鍵は“氷室大学にある”って言ってた」
「はあ……」
「某有名社長だって、大学とか研究所から売れる研究見つけて商品化してたろ? 俺もここで逆転の宝を見つけるはず!」
「……はー?」
「やめてくれ、その白い目!」
一族の白衣たちが、ひそひそと遠巻きに吉昌を見ている。 紅子は思わず扇を閉じ、深くため息をついた。
「占いで決めるだなんて、わたくしの時代にもおりましたが……千年経って進んだ学問に比べて精神は進まないのかしら?」
津玖流も、同じように疲れた声でつぶやく。
「勇気ありますよね、サイエンスしてる大学で“占い”発言ができるなんて」
「サイエンス? 俺の辞書じゃ、“実学”と書いてサイエンスと読む!実社会の役に立たないお前らのはサイエンスじゃない!」
「同意しかねますねー」
「役立つ発見寄越せ! ゲームだったら、象牙の塔は絶対アイテムくれる場所だろ! 出せ、お宝! 出てこい、賢者!」
「象牙の塔って大学のことっすか!? もうダメだ……誰か引き取ってー!」
「裏切るな!」
そんなやり取りを見ながら、紅子はふうっと微笑んだ。
「困ったものですわねぇ……」
理玖がそっと隣で首を傾げた。「紅子様、困ってる……」
そして、少し考えると「あった」と言って、吉昌のもとへてくてく歩いていった。
「あのね、アルケミストの失敗作」
「……は?」
「役に立つ」
「え、アルケミストって金つくる錬金術師だろ?それめっちゃゲームに出てきそうじゃん!」
そのとき── 工学部長が語り出した。
「ああ、かつて“錬金術師”と呼ばれた博士がおりましたな。教員にもならず、ナノテクの時代に本気で錬金術を再現しようと研究に没頭していたのです」
学長が「あー、聞いたことあるよ、暴走アルケミスト」と懐かしそうに頷いた。
「学者じゃなかったのよー」
「学者じゃない?」
学長がビシッと指を立てて、吉昌に言う。
「彼、実験ノート書かない人だったのよ!」
津玖流が仰天した顔で天井を見上げた。
「そりゃダメだ」
紅子が、たまらず尋ねた。
「どうしてダメですの?」
学長が答えた。
「私たち学者は自分以外の人間も理解できるように発見を書き残す義務と責任があるの。でも彼は自分の興味のおもむくまま、誰にも何も残さずこの世を去った」
工学部長が説明を足した。
「究極の物質を作る過程で、いろんな副産物が生まれたらしいです。その中に、“ヒムロライト”と呼ばれる奇妙な物質がありましてな。役に立ちますが、本人は失敗作と言っていたようですが」
「ヒムロライト……」
吉昌の顔がぱあっと輝いた。
だが、津玖流がすかさず冷水をぶっかける。
「でも、ノート残してないんでしょう? 再現できないんじゃ……」
「いや。彼も氷室一族。発見したものは“封印氷室”に奉納していたようです」
「まあ!」
紅子は目を見開いた。
学長がにっこりと微笑む。
「そりゃもう、生贄令嬢に守ってもらってるんですから〜。一族は何か成果が出ると、氷室にお礼として“奉納”するんですよ。私も昔、花と一緒に論文を氷に入れました〜」
工学部長も静かに頷いた。
「感謝の印として、学問の成果を捧げる──それが、一族の習わしです」
紅子の胸に、込み上げるものがあった。
千年前、皆を守るために氷に封印された自分。 その自分に、一族は今も感謝し、報告し続けていた。
──推しの学問生活を守るために犠牲となった自分に、 ──その推しが、千年の時を超えて成果を届けてくれている。
尊い! 紅子は感極まって昇天しかけた。
「なあ、それで? 俺のお宝は?」
吉昌の声が現実に引き戻す。
工学部長が、紳士的に答えた。
「三月の土砂崩れで露出した封印氷室の中に、化学式と配分のメモが見つかりました」
「おお、ラッキーチャンス来たー!」
「ですが──泥まみれの奉納物だったので、洗浄して今は“奥の院”に納めてあります」
「奥の院……名前がカッコいい!」
吉昌の瞳がキラキラ輝く。
学長が肩をすくめた。
「でもね〜、そこ遠いのよ。裏道も近道もないし、“僧坊”を超えて行かないと」
「僧坊?」
「うちの教育棟のこと。基礎課程をやってる1・2年生の修行の場ね〜」
工学部長が口ひげを撫でながら渋く言う。
「あそこは昔ながらの教育をしておりましてな。電子機器はございません。各坊を通って奥の院にアルケミストの奉納物を取りに行くしかありませんが」
学長が遠い目をしてつぶやいた。
「……わたし、老師に会うまで2時間かかったわ……」
──そのとき。
紅子がすっと立ち上がった。
「わたくし、取りに行ってまいります! 捧げられた学問の魂を受け取りに!」
「俺も行くぜ。売れる商品が眠ってるなら、追いかけるしかねえ!」
吉昌も勢いよく立ち上がる。
「紅子様行くなら、ぼくも」
理玖が手を挙げた。
「俺は仕事があるので……残念ですが……」
津玖流が全然残念そうじゃない顔で言った。
学長がケロッとした顔で言い放つ。
「理玖も一緒なら大丈夫でしょ? 社長くんも基礎数学くらい、できるわよね〜?」
工学部長が最後にひとこと、渋く告げた。
「……スニーカーで行ってください。長い階段がございますのでな」
こうして──
紅子、理玖、吉昌の三人は、“奥の院”を目指して歩き出す。
それは── 氷室の過去と未来をつなぐ、果てしない道のりの始まりであった。
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