第18話 天にも昇る、おもてなし
「じゃあね、ここにサインして〜」
学長が吉昌に差し出したのは、一枚の書類だった。
「……は? 『心身リフレッシュ氷室大学プラン』? なんだそりゃ」
「大学だもん、大義名分って大事なのよ〜」
学長はけろっと笑う。
「人間ドック、薬膳療法、トレーナー指導の運動と、学者による教養セミナーもセット!」
紅子がそっと微笑みを添える。
「盛りだくさんで、氷室大学の魅力をお楽しみくださいませ」
ふっふっふっふっふっ……
──不気味に笑う紅子と白衣の一族たち。
その笑顔の奥に、吉昌は言いようのない不安を覚えた。
別棟のロッジに案内された吉昌と吉平は、思わず声を漏らした。
「へえ〜、なかなかじゃん。元ホテルってだけあるな……お、ジャグジーついてる!」
広々とした客室、木の温もり、完璧な空調。まさに隠れ家スイート。
──が、その隣では兄の吉平が過保護モードを発揮していた。
「お前、睡眠導入剤は持ってきてるな? 一人で寝れるか? 津玖流、付き添いで置いていこうか?」
「いいって! 兄貴こそ、本当にあの土砂崩れ跡で寝るのかよ……?」
「儀式までは精進潔斎だ」
そこへ津玖流がにこやかに加わる。
「崩れた氷室のそばに、プレハブ小屋を運んでおきました。氷室フリーズドライのお粥セットも完備しました」
兄弟は今夜から別々に過ごすことになるのだ。
「吉昌さん、導入剤なしでも眠れると思いますよ。最新研究に基づいた冷却マクラと快眠ベッドです」
学長がどや顔で自慢する。
「温泉でリラックス、そして脳を冷やして深い眠りへ。完璧な睡眠誘導よ〜」
津玖流が、さらりと新たな“刺客”を紹介した。
「ちなみに、マッサージ付きです。うちの妹たちです」
「天玖乃です」
「斗玖よ」
二人は津玖流とよく似たマッチョ系姉妹だった。
「大学とは無関係なサービスですが、マッスルマッサージの腕は本物です。お疲れ、癒しますよ」
「……へ?」
──そして、その夜。
「はいはい、脱いで〜。カチカチね! ほら、気持ちよ〜くモミモミしてあげるわ〜」
「かわいい〜、ガチムキは見飽きてたから、新鮮♡」
足ツボ、マッスルマッサージ、氷室大学特製オイルの全身ケア。
天にも昇るおもてなしの技が次々と投入される中──
吉昌の部屋からは、なぜか「ぎゃあああ!!」という悲鳴だけが響いていた。
そして、翌日も続く“怒涛のおもてなし”。
◆ 医学部による最上級の健康診断
「都内の病院なら数十万円するぞ、これ!!?」
◆ 教養セミナー『経営者のための現代科学最前線』
「……え、めっちゃ有益」
◆ VRオンラインゲーム大会
「うわ、処理速度が……神かよ!?すげえ」
◆ 工学部開発・冷却カプセル装置
「マイナス100度!? いやだー!!」
「お肌活性化するし、疲労も吹っ飛ぶのよ〜」
◆ 温泉療養
「へえ〜、いい景色の露天風呂だな……」
「打たせ湯あっち! いこっ!」
◆ 筋肉マッサージ
「や、やさしくしてくれ……ッ!」
「大丈夫よ〜、特製オイルでお疲れ癒してあげるわ〜」
「やめろぉ、クセになったらどうしてくれるぅ!!」
数日後──
全身ツルッツルのピッカピカ。 肌つやとエネルギーを完全に取り戻した吉昌は、拳を握って叫んでいた。
「経営者として言わせてもらう! 100万円じゃ、安すぎだ!!」
「満足してもらえたみたいね〜」
学長が笑う。
「……最高すぎだろ、氷室大学のくせに。ったく、学問バ──」
──その言葉は途中で飲み込まれた。紅子の姿が視界に入ったからである。
紅子は、まばゆい笑顔で扇を広げる。
「わたくしども氷室一族、真心を込めた“布教”でございますわ。お気に召してようございました」
「これ、完全に洗脳だろ!?」
ツッコミながら、吉昌は空を見上げた。
天下泰平──この一族、恐るべし。
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