第24話 ジンジャーマンが巨大化!?Merlu’s Lucky Sweetsは大ピンチ!

 宝石グミが順調に売れていく。ここまでは狙い通りだ。

 ちらりと花形のクッキーを見て、次のショーを繰り出すタイミングを考えた。

 次は、ジンジャーマンたちにジャム瓶の中をでかき回して、なにもなにもついていないクッキーにそれを落とさせるシナリオだ。


 メルルのジャムはむちゃくちゃ美味い。素朴なクッキーにひと塗りしただけで、ご褒美クッキーに早変わりだ。

 あれを食べれば、クッキーだけじゃなくてジャムの瓶だって売れるに決まってる!


 会計をしながら、内心ほくそ笑んでいたその時だった。

 台の上で大人しくしていたジンジャーマンが突然ふるふると震え出した。


 ──えっ、俺はまだなにも合図出してないよ!?


 驚いて、足元で小さく鳴っているメルルに視線を向けると、きょとんとして首を傾げた。その直後だ。


「な、な、なんだぁ!?」

「ママ、凄いよ! ジンジャーマンが大きくなっていく!」

「まあ、次のショーが始まるの?」


 驚きと期待の声に振り返る。

 台に乗っていたジンジャーマンが、むくむくと大きくなり、台を飛び出して地面に降り立った。それでもどんどん大きくなっていく?


「──メルルさん!? なに、これ! なんで大きくしてんのっ!?」

「し、知りませんっ! あ、あたしの、魔法じゃ、ないです……あ、あ、ジンジャーマンが!」


 蹲っていたメルルがすくっと立ち上がった。だけど、ちょっと腰が引けていて、困り顔で杖を握りしめながら顔を青くしている。

 メルルの視線の先を慌てて振り返ると、俺の顔も青くなった。

 すっかり大きくなった三メートル近いジンジャーマンが、広場を駆けまわって子どもたちを追いかけている。


 子どもたちは遊んでもらっていると思っているのか、きゃっきゃと楽しそうだし、大人たちも笑って「逃げろ逃げろ~」「ほら捕まっちゃうぞ~」なんていってるけど。


「メ、メルルさん、と、止めなくちゃ!」

「そっ、それが……さっきから、やってるけど……いうこと、きかないんです。だ、誰かが、私の魔法を上書きしたみたいで」

「──ええっ!?」


 今にも泣き出しそうなメルルは「どうしましょう、ヘイゼルさーん」と弱気な声を上げた。

 ど、どうしようって、どうしたらいいんだ!?


 パニックになりかけたその時、どこからか高笑いが聞こえてきた。


「とんだへぼ魔法ね、メルル!」


 声のする方を見上げると、真っ赤なローブを揺らした少女が空良から降ってくる。そうして、両手を差し出したジンジャーマンにキャッチされた。


「このジンジャーマンは、エリザリン・ルビヴェール・コランシアシス様がいただいたわ!」


 見事な金髪縦ロールを風にゆらしたえリザリンなんちゃら──長すぎて覚えられるか──は、ジンジャーマンの肩に飛び乗って、高笑いをした。

 またなんか強烈なのが出てきたな。

 呆気に取られていると、周囲から拍手が起こる。いや、これはショーじゃないんだけど……どうしたものかと、メルルを見ると、目に涙をためて「ザリちゃあんっ」ていっている。どうやら知り合いみたいだけど、歓迎しているのかどうか、怪しい感じだ。


「さあ、ジンジャーマン。メルルのお店なんて壊しちゃいなさい!」

「──はぁ!?」


 突然の命令に、思わず声を上げた。

 ジンジャーマンが、俺たちの方に体を向けた。そうして、ずしんずしんと近づいてくる。


「ちょっと、待って! なんなんだよ!」

「ザリちゃん、やめてよ! どうしていつも、意地悪するの!?」


 目に涙をためて声を上げるメルルだけど、ジンジャーマンは止まらない。

 二人の関係はよくわからないけど、とりあえず、俺たちのワゴンがピンチなのは間違いない。それに、あのザリって呼ばれた女の子が、止まる様子もない。

 ジンジャーマンの上で、こっちを見下ろしながら「あんたが悪いのよ!」と怒鳴る姿から察するに、二人の間に諍いがあるんだろう。けど、その話を聞いている暇もなさそうで。


「メルルさん、今はそんなことより、ジンジャーマンを止めないと!」

「で、でも……」

「でもじゃない! このままじゃ、ワゴンが壊れちゃう。それに──」


 広場の村人も関係なしにこっちに向かってくる様子に、さすがに周囲の大人たちは異常を感じたらしい。子どもたちを抱き上げ、逃げ出した。このままじゃ、商売どころじゃない。どうにかして、ジンジャーマンを止めて、皆を集め直さないと……大失敗じゃないか!

 杖を握りしめて震えるメルルに、俺は声を上げた。


「メルルさん、俺たちの目的、忘れたの!?」


 ハッとしたメルルの目が大きく開く。そうして、背筋を伸ばすと、ワゴンの前に飛び出した。


「ザリちゃん、ごめんね! でも……ジンジャーマン、砕けてください!!」


 メルルの杖がジンジャーマンに向けられる。すると、星の輝きが波となって放たれた。それがじんじゃーまんを包みこんだ次の瞬間だ。


 ──パンっ!

 ジンジャーマンの身体が弾け飛んだ。そうして飛び散った欠片は、ぽぽぽぽんっと軽い音を立てて無数の小さい花形クッキーへと姿を変えた。


 クッキーが落ちてくる。それに、喜んだ子どもたちは手を伸ばし、大人たちは足を止めた。

 俺の前にもクッキーが落ちて、用意しておいたジャムの瓶にぽちゃんと落ちた。


 少し離れたとことでクッキーを掴んだ女の子が、母親に「食べていい?」と聞いている。──今しかない!


「……そこのお嬢さん! 驚かせたお詫びに、このジャムをつけてクッキーを食べてください!」


 女の子を抱いていた母親が振り返った。瓶をもって走っていくと、少し怪訝そうな顔をしながらも、ジャムに視線を落とすと、その甘い香りにごくりと喉を鳴らした。


「ママ、美味しそうなジャムだよ!」

「……ごくっ……まずはママが食べてみるわ」


 ジャムをクッキーでひと救いして口に入れた瞬間、母親は目を見開いた。


「……美味しい」

「ママ、あたしも食べたい!」


 母親にお願いする娘の目が輝く。そうしてジャムをつけたクッキーを頬張ると、大きな声で「あまーい!」と叫んだ。

 あたりがざわめく。

 逃げていた村人たちが、一人、また一人と戻ってきた。


 なんとか、窮地を脱することができたみたいだ。

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