第20話 魔女の施しではなく「金持ちの道楽」?
ライラは本当に少し立ち寄っただけだったらしい。
しかも、メルルがお世話になっているからと、俺とグレースに服を作って持ってきた。
母さんは受け取れないといってたけど、グレースが大喜びで目を輝かせ、ライラがその身体に黄色いワンピースを重ねて顔を並べて「ダメ?」と首を傾げてごり押しをした。
「メルルちゃんとお揃いだよ!」
嬉しそうにグレースが指さしたのは、ワンピースの胸に刺繍されている星のマークだ。それに、メルルも恥ずかしそうにしながら「お揃い」と呟いて、頬を赤くしている。
よく見たら、俺のシャツにも同じマークがあった。
俺とグレースの襟元にはお揃いのスカーフがあるし、カフェ店員の制服みたいに見えなくもないな。
新しい服に、俺も少しうきうきしていると、父さんが「ありがとうございます」と頭を下げた。
「ライラさんには、なにからなにまでお世話になってしまって……」
「本当に……毎日の食料だって、お世話になっているのに、服までいただくなんて」
肩身が狭いと体現するように、母さんは胸の前で両手を握りしめて俯いた。
父さんは最初、ライラを警戒していたことも気にしているのだろう。ワンピースに着替えて嬉しそうに裾を揺らすグレースを見て、複雑な顔をしている。
グレースの頭を撫でたライラは「気にするな」と呟いた。
「金持ちの道楽だ」
皮肉めいた物言いに、父さんと母さんは顔を見合う。
金持ちの道楽……俺に、金儲けのヒントを出したり、食料を制限なく分けたり。見返りなく貧乏人に服を与えるのだって、道楽といえばその通りだな。
「子どもが悲しむのを、私は見たくないんだ。もちろん、世の全ての子に分け与えることはできない。お前達と出逢ったのは偶然だ。だからこれは道楽だし、いつまで続くかは分からない」
輝くローブを揺らしたライラは「まあ」と呟くと、メルルを見た。
「私の弟子が世話になる間は、できる手助けをしよう」
そういって、指をパチンっと鳴らすと、父さんと母さんの服も真新しくなった。ドレスやスーツっていう訳じゃないけど、継ぎはぎだらけでゴワゴワしていたスカートやチュニックは、小綺麗なものになっていた。ただ、エプロンだけはそのままだ。
「エプロンは、ヘイゼルが買ってやりたいといっていたから、待ってるといい」
ライラがにいっと笑う。
俺のいったこと、覚えていたんだ。──驚いてライラを見ていると、母さんは俺に抱き着いて「ヘイゼル」と名を呼びながら泣きそうな顔をした。
「さあ、ぼろぼろの服じゃなくなったぞ、ヘイゼル。これで『みすぼらしい姿で客が近づかなかった』という言い訳はできなくなったな」
あ、そういうこと?
ライラと視線が合い、顔が引きつった。
そうだよ。ライラにとって目的は「メルルの試験合格」だ。それは俺の願いが叶うかどうかにかかっているんだもんな。お菓子を売らないわけにはいかない。でも……
「メルルの試験だから、ライラさんは手を貸せないんじゃないの?」
「だから、金持ちの道楽だといっただろう。星屑の魔女ライラの施しではない」
「それってヘリクツだよね」
俺の言葉に、ライラは楽しそうに「お前は子どもらしくないな」と笑った。
まあ、社畜歴二年目の社会人だった記憶が戻っちゃったからな。今さら、子どもらしく振舞うなんてこそばゆいよな。
つい顔を引きつらせると、母さんが涙をほろりとこぼして「それは」と呟いた。
「ヘイゼルは小さい頃からしっかりしていて……私たちが不甲斐ないばかりに」
俺を抱きしめていた手に力がこもった。
まあ……記憶が戻る前も、なるべく両親に迷惑をかけないようにとは思っていた。グレースが父さんの仕事の邪魔をしないように一緒に遊んだり、木の実を拾いにいったり。
父さんと母さんを交互に見たライラは「ふむ」となにか納得したように頷いた。
「ヘイゼル、お前はメルルのお菓子をどこまで売りたい」
「もちろん村の外だよ。国中だ!」
「であれば……ここに留まっていてはできないことも、わかるな?」
「……それは」
当然だけど、わかっている。
ライラと話をして、フランチャイズを目標にするのがベストな気がしてきた。そうすれば、お菓子の企画に専念できるわけだから。
ただ、こんな田舎にいたらフランチャイズ契約を結ぶ相手と会うことも、探すこともできない。
「では、両親と離れることになったとしても、やれるかい?」
ライラの質問に「え?」と反応したのは、母さんだけじゃなくて、メルルもだった。
それはどういう意味なのか。
確かに、今の状況じゃ家族とそろって街に引っ越すなんて無理だけど、俺だけがメルルと二人で街に行ったって、なにができるだろうか。当てもないのに……
「問題は、父さんたちと離れることじゃない。今、街に行ったところで、名前の知られてない俺とメルルじゃ、お菓子を売るなんて無理だ」
「そうだな。では、手を貸すという貴族と繋がりがもてたとしよう」
「貴族……?」
「その貴族が、両親を捨てて来いといったら、どうする?」
「え……?」
目の前が真っ白になった。──父さんと母さんを捨てる?
俺の肩を抱き締める母さんの手に力がこもった。
そんなこと、考えていなかった。だって俺は、お菓子を売って両親を幸せにしたいんだよ。両親を捨てて街に行くなんて、そんなの……転生前の都会に憧れて田舎を飛び出した俺と一緒じゃないか!
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