魔女を助けてスイーツ店を開店!?貧乏生活から脱出だ!!

日埜和なこ

第1話 蘇る記憶はコンビニ新作スイーツ

 突然、頭が割れるような痛みが走った。


「お兄ちゃん、どうしたの。大丈夫?──お母さん! お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!!」


 幼い妹の声が狭い部屋に響き渡る。

 激しい衝撃が全身を襲い、キインッと強い耳鳴りがあたりの音をかき消した。


「あ、頭が……割れっ……」


 吐き気すら感じる。激しい痛みに頭を抱え、冷たい床に蹲った。

 ドタドタと足音が近づいてくる音が響き、目を開けているのも辛い。


「ヘイゼル、ヘイゼル!!」

「どうしたんだ。なにがあった!?」

「わかんない。急に、お兄ちゃんが、お兄ちゃんがぁ!」


 妹が泣いている。母さんと父さんが慌てふためく声も聞こえる。このまま、死ぬのかな──激しい痛みに呻いていると、脳裏に眩い景色が蘇った。王城よりも高い塔がいっぱい並んでいる。いや、塔じゃない。あれは、ビルだ。道は石畳じゃなくてアスファルト。そこを走るのは馬車じゃなくて車で……馬車の何倍もデカいあれはトラックだ。


 全身に衝撃が走り、もう一つの記憶が濁流のごとく押し寄せてくる。


 そうだ……俺は死んだんだ。

 職場で、発注ミスの謝罪にいけと、ミスをした張本人の先輩に怒鳴られたあの日。徹夜続きでぼーっとしながら炎天下の横断歩道を渡っていたら、トラックに突っ込まれた。


 ああ、新作のコンビニスイーツ、まだ食ってないじゃん。やっぱ、新作発売日に買いに行くべきだった。仕事なんてしてる場合じゃなかった。ああ、冷凍庫のアイス、帰ったら食べようと思ってたのに。ドーナツ店の夏の新作発表、明日じゃなかったか? いや、明日っていつだよ。


 次々に蘇る記憶は甘いスイーツたち。

 ごめん、母さん、父さん。死んだ俺が思い出すのはスイーツばかりとか、とんだ親不孝者だ。だけど、仕事に追われて生きる毎日で、スイーツだけが俺の生きがいだったんだ。


 ぼんやりと浮かんだ人影に「ごめん」と呟く。すると、聞き覚えのある声が俺の意識を、現実いまに引き戻した。


「ヘイゼル! お母さんの声、聞こえる?」

「お母さん……お兄ちゃん、死んじゃうの?」

「そ、そんなことないわよ」

「まずは、ベッドに寝かせよう」


 視界に飛び込んできたのは、無精ひげのある父さん。傷んだ焦げ茶色の髪は後ろで束ねて革ひもで結ばれている。さっきまで思い出していたスーツ姿の父さんとは違う。

 太い腕に抱き上げられ、安堵感が胸に蘇る。

 そうだ。この人は今の父さんだ。背中が大きくて、俺や妹のグレースを肩車してくれる優しい父さん。


「凄い熱だ。母さん、タライに水を!」

「わかったわ。グレース、手伝ってちょうだい!」

「お熱? お兄ちゃん、お熱があるの?」

「大丈夫だから。お母さんのいうことを聞くんだよ」

「グレース!」


 ぐわんぐわんと音が響く中、母さんがグレースを呼び、バタバタと騒がしい足音が遠のいていく。


 少しずつ、今のことを思い出した。

 俺の名はヘイゼル。村で家具職人をする父さんと、母さん、妹と一緒に貧乏ながら慎ましやかに暮らしている。そう、死んだ俺が幼い頃に読んだ童話『ヘンゼルとグレーテル』みたいな貧乏生活……ん? なんだこの既視感は。

 俺の名はヘイゼルで、妹はグレース。ヘイゼルとグレース、ヘンゼルとグレーテル……似ていないか?


 どくどくと鼓動が早まった。

 いやいやいやいや、違う。断じて違う。名前が似ているだけで、まさかな!

 

 思わず飛び起きると、父さんが「ヘイゼル!」と俺を呼んだ。その目に涙を浮かべ、大丈夫か、痛いところはないかと聞いてくる。

 俺を心底心配している父さんを呆然と見た。


 そうだよ。父さんも母さんも優しい。俺たちを森に捨てるような人じゃない。


 だけど、どうしても不安が波になって押し寄せてくる。

 もしもだ。ここが『ヘンゼルとグレーテル』と似た世界だとしたら、俺は人食い魔女に窯で焼かれそうになるのか。それを妹と力を合わせて、逆に焼き殺して逃げる……無理だろう!! 俺にそんなことができる訳がない!!


 ベッドの横、夜の闇が広がる窓に十五にも満たないような少年が映った。今の俺だ。貧乏なだけあって、腕だって細い。きっと、力だって弱いだろう。ああ、だから人食い魔女は俺を太らせようとするのか?


 呆然としていると、タライを持った母さんが走ってきた。つぎはぎだらけのエプロンに、パサついた亜麻色の髪。煤に汚れた姿をしているけど、むちゃくちゃ美人だ。もっとうちが裕福だったら、きっと評判になるだろう。


「ヘイゼル! 気が付いたのね。ああ、真っ青な顔をして。どこか痛いの?」

「……母さん」


 母さんの後ろから、水差しを持った幼い妹のグレースも部屋に入ってきた。

 その姿を見た瞬間、さあっと血の気が引く音が聞こえた。

 もしもここが『ヘンゼルとグレーテル』の世界なら、こんな可愛い妹に、人食い魔女を殺す手伝いをさせるってことだよな? 俺たち二人で、魔女を殺して宝を奪って……そんなこと、させられるかよ!!

 そんなの絶対にダメだ!


「可哀想に。また酷く頭が痛むようだ」

「ああ、いつもの頭痛ね。さあ、無理をしないで横になりましょう」

「父さん、母さん……俺、ここにいて、いいのかな?」

「なにをいっているんだ?」

「ヘイゼル。あなたは私たちの大切な息子よ。なにも心配することはないわ」

「熱のせいで混乱しているんだろう。今は、寝ることだ」

「お兄ちゃん、お水飲む?」


 冷たい水で絞られた布で、汗に濡れた俺の頬がそっと拭かれた。

 優しい家族の声に、涙が零れ落ちた。


 脳裏に、ぼんやりと浮かぶ二つの影。それは、死んだ俺を育ててくれた両親──仕事で無理をしていることに気付いて連絡をよくしてくれた母さん。たまには帰ってこいといってくれていた父さん。二人は俺がトラックに轢かれたことを知って、泣いただろうか。ああ、きっと大泣きしたに違いない。俺は……最後ま家族を悲しませてしまったのか。


 交差する二つの家族を脳裏で重ねると、熱いものが込み上げ、頬を伝い落ちていった。


 今度こそ、父さんと母さんを泣かせない!

 もしもここが『ヘンゼルとグレーテル』の世界なら、どうにかして、魔女を焼き殺す未来から逃げよう。それから、俺がなんとしてでも稼いで、家族の笑顔を守るんだ!!


 ああ、でも……お菓子の家があるなら、一度は食ってみたいな。

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