第29話
「ふーっ……」
肩まで湯に浸かってひと息つく。疲れた……。
「いやー、大変だったっすねー」
「美桜はなにもしてないだろう」
「あたし肉体労働、ミヤコちゃん頭脳労働」
「これでいただくものは?」
「さくら、合わせなくていいから。……ぶくぶく」
深く湯に沈んで、ほんの30分ほど前を思い返す。
久しぶりに地上に戻ったボクたちを待っていたのは、警察とマスコミ、そして疲れた顔をしたギルドマスターだった。
それはそうだ。有名企業の犯罪行為が明るみに出て、現役の
ボクたちが地下でわちゃわちゃやってる間にギルドに取材申し込みが殺到していて、とても誤魔化せる状況じゃないとギルドも判断し、記者会見の場が設けられることになったらしい。
当然、当事者であるボクたちは参加を強制された。
「その前にお風呂に入りたいです」
ボクたちの要求は受け入れられた。さすがにススまみれで記者会見なんか出たくないしね。
記者会見となれば小梅も無関係じゃない。小梅を呼んでくれるようお願いし、軽く湯を浴びて汚れを落としたあと、髪を乾かす時間を惜しんで小梅と軽く打ち合わせた。小梅も隠し通路に触れられたくないだろうしね。
そして始まった記者会見。会場はダンジョンの領域ギリギリに設置され、ほんの数メートル先、まだ日本の常識が通じる場所にはずらりとカメラが並んでボクたちを待ち構えていた。
それは同時に、エルフの存在が世界に向けて公に発信されるということでもあった。ボクはTVになんか映りたくなかったんだけどねえ。
マスコミの背後には日本の野次馬。
ボクたちの背後には
もはやお祭り状態の中で記者会見は行われた。
矢継ぎ早に飛んでくる質問、疑問。
新たに判明する新事実に問題点。いやもう大変だった。
(まさか副ギルド長がムラサメと通じていたなんてね……)
まあ、
偽造身分証を使ったり荷物にまぎれたり。様々な方法で雨村はダンジョンを出入りしていたようだ。さすがにチェロのケースはなかったみたいだけど、ご苦労なことで。
(あとは……鋼か)
ボクたちが入浴しているわずかな間に取り調べが進んで、鋼は素直に話せることを話したらしい。
しかし、違法採掘現場に侵入者があった場合に備えて雨村が腕の立つ
(魔法の武具の維持費に困って、という話だったけど……パーティーを解散しても節制できなかったのか)
かつての仲間が金に困って犯罪に手を貸すとか、なんとも複雑だ。
ムラサメの内情はわからないけれど、警察の捜査が進めば新しい情報も出てくるだろう。
「……ふう。考えるだけ無駄か」
ボクたちにできることはないし、犯罪とも無関係。むしろ被害者なんだ。頭を使うのはやめて、今は久しぶりの湯を楽しもう。
幸い、ギルド長の計らいで温泉は貸し切りだ。そうでなければ女湯になんか入れるものか!
久しぶりの湯で疲れを癒したらすぐに寝よう。
……む、バシャバシャと湯を搔きわけてくるのは……。
「ミヤコちゃん、貸し切りなんだから、こんな端っこにいなくても」
「……真ん中は深いんだよ」
「じゃあ、あたしの膝に乗せてあげるっす」
「ぎゃああああっ!」
ひょいって。ひょいって持ち上げるんじゃない! 当たり前のように膝に乗せるんじゃないいぃぃっ!
「ほらー、肩まで浸かって100まで数えようー」
「あ、当たる! 背中に当たってるぅっ!」
「女同士だし、あたしのぺったんこなんて気にならないでしょー?」
(気になるわあああああっ!)
たとえ小さくても確かにあるんだよ、それが背中に当たって冷静でいられるわけがぁっ。
だけど、ガッシリとホールドされて逃げられないっ! 力じゃ美桜には勝てないんだ。
「あー、ミヤコちゃんを独占とか、美桜さんズルい」
「あ、さくらもミヤコちゃん膝に乗せるっすか?」
やめろおおおっ! さくらは……さくらはたわわすぎるんだ。今も見ないようにしてるのに、背中に当てられたらどうにかなってしまう!
「ミヤコちゃんは恥ずかしがり屋っすねー」
「もしかしてエルフには湯に浸かる習慣がないのかなあ。ほら、大丈夫だよミヤコちゃん。怖くないから」
ぎゃあああああああっ!
さくらが、さくらがギュッって。しかも前からギュッって!
当たる! 柔らかいものが顔に! 顔にぃっ!
美桜とさくらのサンドイッチって、これなんて拷問!?
死ぬ! このままじゃ死んでしまううぅぅっ……あ。
「ありゃ、ミヤコちゃん?」
「きゃあ、ひどい鼻血!」
「メディーック!」
「美桜さん、それ違う」
◆ ◆ ◆
あー、昨夜は酷い目に遭った。鼻の奥がツンとしてから記憶がないけど、なにがあったし。
さくらと美桜が謝ってきたから、のぼせたか気絶したか。どちらにせよ、やはり女湯に入ってはいけないな。
「ミヤコちゃん、大丈夫っすか?」
「大丈夫だよ。場所が場所だ、少し……しんみりしていただけ」
ボクたちがいるのはダンジョンの領域内に造られた共同墓地だ。一人一人を埋葬するには土地が足らず、またダンジョンから遺体を回収できない者もいて、遺骨や遺品をまとめて埋葬しているわけ。中央には巨大な石碑があって、ダンジョンが出現してから現在までの犠牲者の名が刻まれている。
ボクたちはムラサメの犠牲者になった同期たちを弔うためにやってきた。献花台に花を供え、石碑に同期の名を追う。
(……自分の名前が掘ってあるのは複雑な気分だ)
最近の犠牲者に『咲山春都』と名前がある。死亡認定されていると再確認すると、今の自分が本当に元春都なのか自身がなくなりそうだ。
(そういえば、さくらは?)
美桜と一緒に同期の名に手を合わせている時、ふとさくらを見失った。さっきまでボクの名前を前にしていたけれど、今は少し離れた場所で石碑を見つめている。
声をかけようとして、やめた。今にも泣きそうなさくらの様子に声をかけるべきではないと思った。
「あら。今噂の三人じゃないの」
突然の声に振り返る。記憶にあるこの声は……。
「どちらさまですか?」
「あら、ごめんなさい。しばらく東京を離れていたから知らない子もいるわよね」
さくらの問いにやんわり微笑む彼女を、ボクは知っている。なにせ彼女はボクや小梅の────。
「私は
そう、ボク、鋼、小梅の同期の楓だ。パーティーを解散してからすぐに
なんとなく気まずくて美桜の後ろに。それを見て楓は笑った。
「あらあら、隠れちゃって。できれば近くで顔を見せてほしいのに」
「ミヤコちゃんは恥ずかしがり屋なんですよ。昨夜だって────あいたっ!」
ジャンプして美桜の頭にチョップ! ボクは恥ずかしがり屋なんじゃない、二人の裸を見ないようにしただけだ。
それに楓は可愛い物好きなんだ。迂闊に近寄ればがっちりとホールドされて頬ずりされかねない。それは避けたい。
そんなボクたちのやり取りを微笑ましく見ながら、楓は持ってきた花を石碑に供えて両手を合わせた。……ボクの名前の前で。
「昨夜の記者会見を見て、ね。まさか、かつての仲間の訃報と犯罪を聞くとは思ってなくて……そのまま電車に飛び乗ってきちゃった」
苦笑する楓にさくらが声をかける。
「あの、春都さんのお話、聞かせていただけませんか?」
「春都の?」
「はい。……私、春都さんに助けられて……私の代わりに彼が犠牲────」
「はい、そこまで」
楓はさくらの唇に指を当てて言葉を遮った。
「多分、春都のことだから、責任を感じほしいなんて思ってないわよ。どうしても気になるというなら、立派な
楓の言うとおりだ。ボクは別にさくらに責任を感じてほしいわけじゃない。姿は変われどこうして生きているし、お陰で犯罪も暴けた。悪くない結果じゃないかな。
まあ、この身体が期間限定なのか一生ものなのかは不明だけど、これから一緒に行動することになるだろうし、
「春都さんの話は、あたしも聞きたいっす」
「そうねえ、どこから話そうかしら……」
やめろ、話さなくていい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます