第25話
鋼……。ボクの同期、かつての仲間。
まともに戦って勝てるわけがない!
って、後退するボクと入れ代わるようにして美桜が前に出た。担いでいた雨村をポイッと……ああ、ソファーに放り出すくらいには気を利かせたか。
……って、そうじゃなくてっ。
「ダメだ、美桜っ!」
ボクの叫びは間に合った。鋼を迎え撃つように踏み出そうとした美桜が、最後の一歩をためらった。
カッ!
青い閃光。
魔剣の一振りが
「さくらを連れて後退!」
言いつつ
当たり前だけど鋼ぐらいになると、至近距離で剛腕ピッチャーの球をぶつけられてもたいしたダメージにはならない。しかも鎧を着込んでいるんだ、鉄球とはいえ指弾では、鋼は無視して突っ込んでくるだろう。だから────目を狙う。
「ちぃっ!」
さすがの鋼も眼球は鍛えられない。見張りの兵のようにバイザーがついた
鋼は剣で目元をガードする。そのせいで一瞬、動きが止まった。
その隙に美桜が後退する。さくらの「きゃっ」という可愛らしい声と扉を開く音がして、二人が後退したのを把握する。ボクも逃げないと。
鋼が目元を隠したまま踏み出す。だけどその直前、鉄球に交ぜていた陶器の玉が魔剣に当たって弾け、中身の粉末をぶちまける。
「これはっ!?」
「じゃあね、イケメン」
鋼は舌打ちして後退、ボクは扉に向けて走った。
弾けた陶器の玉。あれの中身は地下3階の湖に生息する赤クラゲを乾かして粉末にしたものだ。赤クラゲは淡水生の毒クラゲで、大きいものは傘の直径が1mにもなる。刺されると痛みより神経に異常が出て、手足が自由に動かせなくなって、結果溺れてしまって赤クラゲの餌にされてしまう。
赤クラゲの毒は死んだあとも弱いながらも毒性が残っていて、その粉末はいわゆる催涙ガスと同じ効果を発揮する。鋼はすぐに気づいて後退したけれど、浴びていたら涙とクシャミが止まらなかっただろう。惜しい。
あの粉末が舞う時間は長くない。急いで美桜たちを追って扉をくぐり、後ろ手に閉めて
さて……下に続く階段があるな。途中に踊り場があって、階段はつづら折りになってる。急いで駆け下り、踊り場にも油をまく。この程度の段差、鋼なら簡単に飛び降りてくるからね。
油を撒きながら階段を駆け下り、美桜たちを追う。……って、階段に点々と赤いものが……まさか!?
手すりを脇に挟んで足を浮かし、滑り下りる。体重が軽いからできることだね。すぐにさくらを抱いて階段を下りる美桜に追いついた。
「美桜、さくら!」
「ミヤコちゃん、美桜さんが怪我を!」
「かすっただけっすよ」
さくらを抱いているのでわかりにくいが、
「ミヤコちゃんが止めてくれなかったら危なかったっす」
「それはなにより。……さくら、美桜に飲ませてやって」
と、階段の途中に扉が現れた。プレートには『社長室』の文字が……。
「ミヤコちゃん?」
「下へ」
雨村が女性を連れ込んであれこれしていた部屋なんだろう。行き止まりの可能性が高いし、なにより女性が酷い目に遭わされていた部屋に2人を入れたくないないな。
おっと、上の方から悲鳴と階段を下り……落ちる音が……。鋼じゃないだろうけど、これで警戒してくれればいい。だけど追いつかれる前になんとかしないと。
ボクたちはさらに階段を下りていった。
【美桜ちゃん、怪我してたのか】
【さっきの男、凄かったな。美桜ちゃんのハンマー真っ二つだもんな】
【美桜ちゃんが真っ二つにならなくてなによりだ】
【あの男、どこかで見たような気がするんだが】
【それな。配信じゃなくて広告みたいなので】
【しかし、社長置いてきちゃったけど、逃げられないか?】
【バカ、死んだら意味ないだろ】
【まあ、社長はもう社会的に死んでるし】
【それより、これからどうするのかね。このまま下りていったらどこに出るんだ?】
【あの男が追ってくるんだろ? 勝てるの?】
【なにか作戦あるのかな?】
「策はある」
「マジっすか?」
「美桜と一緒に準備したあれ、使うぞ」
【我に策あり!】
【エルフちゃんかっこええ】
【種族で呼ぶな、ミヤコ様と呼べ】
【うわ、なんか出たw】
【早くもファンがついたか】
【紳士なファンならいいんだがな】
【失礼な、紳士に決まっているだろう】
【紳士は自分を紳士とは言わねえww】
なにやらコメントが騒がしいようだけど見ている暇はない。やがて階段が終わり、扉が現れた。
「美桜」
「了解」
さくらを抱き抱えたまま、走る勢いそのままで美桜は扉に蹴りを入れる。ドバァンと派手な音を立てて、吹き飛ぶように扉が開いた。
……なんか悲鳴も聞こえたような……あ、見張りが倒れてる。扉の前にいたのか、運が悪かったね。
扉の先は例の採掘場だ。突然蹴り開けられた扉に、見張りと労働者たちが驚いている。
「な、なんだお前た────ぎゃああああっ!」
見張りたちには赤クラゲをプレゼント。しばらく動けまい。
ボクは近くにいた労働者に駆け寄る。
「5番坑道はどこ?」
「な? こ、子供?」
「5番坑道はどこかと訊いている」
労働者たちはお互いに顔を見合わせて戸惑うばかり。そりゃあ、いきなり扉を蹴り開けて、いるはずのない子供が飛び込んできたら戸惑うのもわかるけどさあ。こっちは急いでるの。
「みなさん、聞いてください!」
最悪力づくで────大人に腕力で勝てないだろうって野暮なツッコミは無しで────なんて考えそうになった時、さくらの声が響いた。
さくらは頭上にドローンを浮かせ、高々とタブレットを掲げた。
「今、ここの状況が世界に発信されています。皆さんを助けるチャンスなんです、どうか協力してください!」
おおっ、とどよめきが労働者の間に広がる。
「た、助かるのか?」
「はい。だから質問に答えてください」
労働者たちは一斉に一つの横穴を指差す。その顔は期待に満ちていた。
「あそこを進み、3つ目の分岐が5番坑道だ」
「ちょっと借りるよ」
労働者が手にしていた
いやまあ、ボクに
「さくら……助かった」
「ミヤコちゃん?」
配信者へのイメージが変わったな。配信者たちは武器や魔法じゃなくて情報で戦うんだって、認識を改めないと。
「それでミヤコちゃん、具体的にはどうするっすか?」
「とりあえず照明を潰す」
坑道内には一定距離ごとに
5番坑道に入ると湿気が増した。足音がパシャパシャになるのにさほど時間はかからなかった。
水深は、ボクの膝下くらいまでか。これだけあれば十分。
「ミヤコちゃん、行き止まりですよ」
さくらのドローンに搭載されている照明が掘りかけの壁を照らす。亀裂から今も水が染み出てきている。逃げ場所はない。
「鋼が兵を連れて追ってくるだろう。あいつをなんとかしないと脱出できない、だから……ここで勝負を決める」
「だけど、この
「魔剣持ちに正面から戦うわけないでしょ。美桜は横の壁を崩して足場を作って、ボクたち3人が余裕をもって立てるくらいの。その間に作戦を説明する」
さあ、勝負だ。
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