第19話

 久しぶりに入った隠し通路。嫌な思い出が蘇ったのか、さくらは静かだ。

「さくら?」

「大丈夫です」

 軽く頬を叩いて気合を入れるさくら。うん、大丈夫そうだ。

「念のためドローンを出しておきますね」

「わかった」

 自分の荷物の中からドローンとタブレットを取り出すさくら。

 ダンジョンで使われるドローンは直径30Cmほどの円盤型をしている。これに結構強力な照明とカメラがついてる。地上のドローン同様、ローターで飛行するけれど、魔法で飛行するので音はかなり小さい。まあ、静かな場所だと聞こえちゃうんだけど。

 って、美桜が偽装扉相手になにやら苦戦してる?

「ごめん……閉められないっす」

 なんだって?

 角灯ランタンで地面を照らすと、なるほど、無理矢理開けたからか楔が地面の岩を削ってしまって、変に地面に食い込んでしまっている。

 ボクとさくらも協力して押してみるけれど、どうにも動かない。これはまいったな。

「壊すのは……」

「却下」

 地面を砕いて楔を外すことはできるだろうけれど、すごい音が通路に響くだろう。そうなったら侵入したことがすぐにバレてしまう。

「仕方ない、二人で、これで開いた部分をできるだけ隠して」

 魔法鞄マジックバッグから岩蜥蜴ロックリザード外套マントを取り出して渡す。

 そしてボクは地面を調べる……うん、この辺りに足跡は無し。じゃあ、先のT字路はどうだろ……っとおっ!

「どうしました?」

「……罠がある」

 床スレスレに糸が張ってある。しかも、その糸を跨いだ先に本命らしき黒い糸が設置してあるという二段構えだ。

 罠を跨ぎ、糸を追う。糸はT字路の方に続いていて……。

「鐘がある」

「鐘っすか」

「糸を踏むとストッパーが外れて鐘が鳴るんだな。侵入者警報か」

 早速罠を解除する。糸をゆっくりとゆるめていけば鐘は鳴らない。

「危なかったな」

「でも、足元を注意していれば気づける罠ですよね」

「そういう意味じゃない。偽装扉にこれを設置されてたら逃げるしかなかった」

 息を呑む二人。理解してくれたようだ。

 無理矢理こじ開けた偽装扉。扉に設置されていたら回避しようがなかった。

 多分、この罠はさくらが逃げた直後に設置されたんじゃないかな。その時点では偽装扉はまだ使われていただろうし。

 その後、立ち入り禁止区域そのものが封鎖され、この罠はそのままになってたんだろう。

 改めてT字路の左右を確認。うん、照明も人の気配も無い。だけど……。

「足跡はあるなあ」

 どうやら巡回自体は続いているらしい。

 ただT字路を直進しているので、封鎖された偽装扉のある通路にまでは、わざわざ踏み込んでまで確認はしていないようだ。ひょっとしたら照明だけ向けて確認しているかもしれないけれど、それなら岩蜥蜴ロックリザード外套マントでそれっぽくしておけば誤魔化せるかもしれない。

 作業を終えて戻ってきたさくらと美桜と一緒に、T字路から偽装出入口に角灯ランタンの光を向けてみる。

「……大丈夫じゃないっすか?」

「よほど、じーっと見ない限りは……」

「これでいこう」

 他に方法もないし。とはいえ、気づかれる前に終わらせないとな。

「ミヤコちゃんって、エルフっぽくないですよね」

「なに、突然」

「いやー、エルフって弓バシューン! 魔法バーン! だって聞いてたんですが……。ミヤコちゃんって石を投げるし罠を解除するし、足跡は見つけるし」

「どちらかというと斥候スカウトみたいですよね」

 さくらまで……。しょうがないだろ、元のボクがそういうのが向いてたんだから。というか。

「エルフのイメージはどこから……」

「漫画とか小説っす」

「創作物にボクが合わせる必要はない」

 そうは言っても、創作物でのエルフがいるから、今のボクは受け入れられている部分はあるかもしれない。亜人や妖精を創造した過去の人に感謝はしておこう。

 さて、目的地はとりあえず、さくらが連れ込まれた場所。だけどそこ以外に情報が得られそうな場所があれば、そこも確認しておきたいな。まあ、まずは真っ直ぐ目指すか。

「ここに通気口がある。いざという時は隠れるのにちょうどいい」

「私、上れません」

「大丈夫、あたしが持ち上げるっす」

 通気口は壁の高い位置に存在している。二人に場所を覚えてもらいながら進んでいく。

 違和感はすぐにやってきた。

「照明が増えてますね」

「ん-……」

「どうしたんすか、ミヤコちゃん」

「……気に入らない」

 さくらが連れ込まれた時、この隠し通路は照明が設置されていなかった。松明が設置されたのは偽装扉を守る時だけで、そこ以外に照明は無かった。だからボクは闇に紛れて逃げ回れたんだけど。

 今は当時の反省からか、所々に角灯ランタンが設置してある。だけどなんというか……。

「なにが気に入らないんですか?」

角灯ランタンの数が中途半端だ」

 曲がり角や十字路などに角灯ランタンが設置されているけれど、設置されていない脇道もちらほら。たった今通り過ぎてきた脇道にも角灯ランタンは無い。

「予算の問題じゃないっすか?」

「ぷっ」

 美桜の言葉にさくらが小さく吹き出す。微妙にリアルな理由に納得しそうになるな。油は地上から持ち込まれてもいるけれど、安いものじゃない。数を揃えられなければ確かに節約も考えられるけど……。

 だけど、なんだろう、この胸騒ぎは。ソロで活動してきた時、この胸騒ぎに助けられたことは多い。なにか……なにか見落としていないか?

「……ーー……」

 話し声!?

 目前の右折通路からかすかに話し声と……足音が近づいてくる!

「巡回だ」

「隠れないと」

 美桜とさくらが脇道に入ろうとする。

 いや待て。足音……足跡。角灯ランタンの無い脇道……。

「美桜、直進! さくらごと」

「? わかったっす」

「ひゃあっ!?」

 小声で指示。美桜の迷いは一瞬で、さくらを脇に抱え、来た道を早足で、だけど静かに引き返していく。驚きながらも声を抑えたさくら、えらいぞ。

 ボクもそれを追い、横に並ぶ。ふう、全員が革の防具でよかった。美桜が金属製の鎧を着ていたら、こうも静かに移動できなかっただろう。

「さくらはドローンでさっきの通気口内部を確認して」

「え、えっと……わかりました」

 美桜に抱えられたままドローンを飛ばすさくら。タブレットにある操作キーで動かしているんだけど、おおっ、彼女の身体はさほど揺れていない。

 配信者の欠点として、ドローンを操作しながらだと足が止まるというのがある。走りながら細かい操作なんてできないからね。だから美桜に運んでもらったんだけど、美桜はさくらを上下に揺らさないような走り方をしている。何気にすごいな。

 さくらのドローンが来た道を戻り、角を曲がる。さくらが「あっ」と声をあげた。

「通気口の中に糸が張ってあります」

「やっぱりか。……通気口に隠れる、美桜はボクを持ち上げて」

「背中を」

「わかった」

 足音を忍ばせて角を曲がる。美桜がさくらを下ろすために前屈みになる。ボクは短剣ダガーを抜きながらその背を駆け上がって通気口に入る。

 ……ああ、確かに糸がある。これも警報だな。

 糸を掴んで固定し、切断。そしてゆっくりと糸をゆるめる……よし。

「次、さくら」

「はいっ」

 ボクが奥に入ると、美桜に持ち上げられたさくらが入ってくる。美桜がそれに続く。

「せ、狭いっす……」

「我慢しろ」

 通気口はそれなりの大きさがあり、ボクやさくらはなんとか腰を下ろせる。だけど背の高い美桜は無理だった。

 アザラシみたいに美桜が通気口に潜り込んでくる。ややあって、足音と話し声が聞こえてきた。

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