第9話
「敵襲ーっ!」
「照明を用意しろ! 盾持ちは前に出て壁を作れ。鎧を着ている暇はないぞ!」
教官の指示が飛ぶ。わたわたと仲間たちが動き出す。
駆け出しは重装備ができるほどお金を用意できないので軽装が多いけれど、それでも
そして寝る時は鎧を脱がないと十分に休めないものだ。特に駆け出しは。
いや、鎧を着たまま休めるようになれって意味じゃないよ。最適なのは鎧を脱いで安心して休める場所を確保することだから。
今回は大所帯ゆえに広場で休んだけれど、少人数のパーティーならば休む場所にもひと工夫が必要になる。
ボクはソロだったから、あの通気口のような場所を選んで休んでいたっけ。
まあ、その話はいいか。今は迎撃だ。
「た、松明どこー!」
「予備を置いておけって言っただろうっ」
ああ、初動が遅いな。しかたない、掌に意識を集中させて……。
「『光』」
呟くと同時に掌の中にビー玉ほどの小さな光球が現れる。それを力いっぱい、迫りくる
パッと弾けるようにして光球が激しく発光、広間を照らし出す。照明弾のような光の魔法だ。
ここダンジョンにおける魔法の原理は解明されていない。ただ、ダンジョン内に満ちているであろう魔法の源────仮称マナ────が、特定のワードに反応することがわかっている。そのワードをマナ・ワードと呼び、複数組み合わせることで魔法が発動する。
何種類のマナ・ワードを組み合わせられるかは個人差があって、魔法系の職に就くなら最低でも3種類のマナ・ワードを組み合わせられないといけない。
え、ボク? 2種類だよ、悪かったな。
ともかく。光はすぐに消えたけれど、突然の照明に
それが証拠に、次々と松明に火がつけられ、押し寄せてくる
浅黒い肌、真っ赤に輝く目。子供くらいの大きさだけど、まったく可愛くない。
ボロを身にまとい、手に手に棒切れや石を持って殺意を隠さない。まったくもって邪悪な生き物だ。
剣や槍を持っていないだけマシか。地下4階だと装備を整えた
ちなみに
「○●★~~%#+……!」
意味不明な雄たけびらしきものを発して駆けてくる。
その姿に何人かの動きが鈍るのがわかる。そりゃそうだ、初めての実戦だもんね。
とはいえ、それで壁を作るのが遅れては困るんだよね。しかたない。
「時間を稼ぐ。急いで防御を固めて」
「あ、おいっ。……くそっ、小さなエルフ一人に戦わせるなよ、お前たち!」
教官の声を背中で聞きながら前に出ると、事前に拾っておいた石を両手の指で弾く!
先頭を走る
(……うん、よく見えるわ)
松明の光が届かない場所の
少し遅れて、矢と石が
少なくとも先手は取れた。これで守りを固める時間は十分。
傷つきながらも、
「やつらは多いが、接敵できる数は決まっている。訓練通りにやれば勝てる!」
「飛び道具と魔法が使える者は高所から敵の後衛を狙って! 例え石でも当たれば怯む」
近くの木に登りながら教官の指示に言葉を重ねる。
そう、仲間が邪魔で接近できない
当たりどころが悪いと一発で気絶もあり得る、注意しないといけない。なにせ石なんて、どこにでも落ちている。弾切れは期待できないんだ。
ざあっと石の雨が前衛を襲う。あちこちから悲鳴があがるけれど、致命的な怪我はなさそうだ。ふう。
「魔法は草木の無いところへ」
「わかってる! ……『火』『槍』『発射』!」
お、魔法の詠唱が始まった。初戦闘での緊張からか、多少つっかえているけれど問題なく発動。炎の槍が
草木の無い地面がむき出しの場所だ、延焼はしないだろう。
(しかし、いいなあ、三種類のマナ・ワード……)
「#●▷~~」
む、これは……いた。群れの最後尾に杖のようなものを手にした
「
「なんだと!?」
「教官、油を使う」
「……よし、許可する」
教官の許可を得て、ボクは油の瓶を今まさに呪文の詠唱を終え、大人の頭ほどもある火球を創り出した
「#&%!~~!?」
炎に包まれる
そこに矢と投石が追い打ちをかける。
「敵は怯んだぞ。突き崩せ!」
教官の指示に、守りに専念していた前衛が攻勢に転じる。先陣をきって飛び出したのは……。
「やああっ!
美桜が巨大な
そう、文字通り。
美桜の怪力で繰り出される大質量の
しかし相変わらず長い流派名だな。名乗っている間に何体ぶっ飛ばした?
なんでも遡れば戦国時代、一揆衆が手持ちの道具を戦いに利用したのが始まりで、後に武将が戦技としてまとめあげたものらしい。美桜の使う御蔵戦鎚流は、大工が使っていた大きな木槌から始まっていると、楽しそうに本人が語って聞かせてくれた。
美桜の勢いは止まらない。
これは
雪崩を打って逃走に移る
「追撃しろ! ただし、突出はするな。必ず複数人で行け!」
魔物はダンジョンにおける最大の脅威の一つだ。減らせる時に減らす。
攻守逆転、
「おらあああっ! 死ねぇっ!」
「●*=~~!」
実はこの時が結構危ない。
一方的な暴力は正常な判断力を失わせる。血を恐れなくなる一方、周囲が見えなくなって引き際を間違えることが多くなる。
一人突出し、孤立して、敵に包囲されて殺された者は後を絶たない。駆け出しは特に。
「止まれ、馬鹿」
「わぷっ!?」
先頭を走る仲間に追いつき、顔に水をぶっかけてやる。怒りの表情がこっちに向いた。
「なにしやがる、チビエルフ!」
「一人で通路に突っ込むつもりか? 囲まれるぞ」
「む……」
生き残った
事実、通路に逃げ込んだ
「頭は冷えた?」
「……ああ」
「なら戻ろう。やつらは、残った人数で襲ってくるほど愚かじゃない。今夜は多分、安全だ。怪我人の手当と……反省会があるだろう」
追撃は終わり、仲間たちが野営地に集まりだす。
その足元で、
「ほあー、話には聞いていたけれど、不思議な光景っすねー」
魔物に分類される敵対生物は死体を残さない。こうやって消えてしまうのだ。
ダンジョン内部が腐敗臭で満たされなくて大変結構なんだけど、一向に数が減らないところからするに、煙が集まってどこかで復活するのかもしれない。探索が終了した1~2階が完全に安全にならないのはそういうことだ。
「よし、まずは怪我人の手当。そのあとで反省会だ」
やはり反省会はあるようだ。ちょっと危なかったもんね。
怪我人の大半は前衛たち。とはいえ、出血を伴うような大怪我がなかったのは幸いか。
初めての戦闘で興奮も冷めやらぬだろうし、何人かは今になって震えがきているみたいだ。
消えたとはいえ、初めて返り血を浴びた者はすぐには寝られないだろう。反省会はちょうどいいクールダウンになるかもね。
……ボクは寝たいんだけどねえ。
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