第6話
……眩しい。
なんだ、この光は。微妙に赤いから赤外線だろうか。
光源がわからないな。全体的に赤いというか……。
いや、これは、光が瞼を抜けてきてるやつだ。毛細血管のせいで赤く見えるという。ほら、起床する前に経験あるでしょ、ああいう……あれ?
これって……ボク、生きてるのか?
ゆっくりと目を開ける。ずっと闇の中にいた目に光は刺激が強いから、少しずつ、ゆっくりと。
木材の、見たことのある天井が最初に見えた。
光源の方に視線を向ければ、硬い布地のカーテン。カーテンの隙間を抜けてくるのは極彩色の光。あー、これ知ってる。ガラスじゃなくてダンジョンに生息する羽虫の羽を使ってるやつだ。
てことは、ここは地上。それも
そうか、ボクは────。
「助かった……のか。……んん!?」
ホッとして呟いた声に違和感が。
「……あー。あー。……なにこれ」
声が全然違う。
なんだ、この……アニメ声みたいなのはっ!?
しかもこれ、女の子の声だぞっ!
飛び起き……る前に身体のチェック。いきなり動くと危険なことがあるからね。
まずは手。指は……問題なく動く。腕もとくに痛みも違和感も無し、と。
……いや、毛布から出した手に一つだけ違和感が。
(小さくない?)
明らかに手が小さくなってる。指も細いし、あと……肌のキメ、細かくないか? 長年の
肘をつき、ゆっくりと上体を起こしてみる。
あれっ? 背中に痛みがないな。深手だったはずなのに。
「……え?」
カーテンの隙間から射し込む光に金色の輝きが混じったかと思った。視界に突然、金色のカーテンが現れたから。
顔の動きに合わせてサラサラと揺れる金色のカーテン。いや、これ……。
「髪? ボクのっ!? いってえっ!」
視界に入ってきたのは長く美しい金髪だった。軽く引っ張れば頭皮に痛みがある。誰が勝手に染めたんだ!?
あ、金髪は脱色か。いや、問題はそこじゃなくて! ボクの髪、こんなに長くないぞ!
「鏡、鏡はないか? ……あった」
壁にかけられている小さな鏡。
他にベッドは見当たらない。ということは個室か。こんな贅沢したことないぞ。
基本的に救護所の部屋は相部屋で、一つの部屋に六~八人寝かせられるのが普通だ。個室なんてよほどの重症者かワケありの患者だけだ。
いそいそとベッドから下り……待て、足が床に届かない。個室はこんな大きなベッドを使ってるのか?
……あれ? 視線が低い。それに患者着から覗く脚が細くて小さい。
あ、くそっ。鏡が微妙に高い位置にかけられてる。よし、椅子を使って……届いた。
現代地球のような、アルミを蒸着させたような鏡はダンジョンの領域には存在しない。だけど昔ながらの、銀や鉛を塗りこめた鏡ならなんとか作れている。重いのが難点だけどね。
その重い鏡を覗き込む。
「……誰?」
鏡に映っていたのは女の子だ。
髪は金、瞳は碧。肌は抜けるように白くて、見た目かなり幼い。
鏡から目を離し、改めて自分の身体を調べる。……どうやらベッドが大きいわけじゃなく、自分が縮んだみたいだ。椅子や扉の大きさなどから判断して、身長は140無いんじゃないか?
患者着の上からもわかるほど凹凸の無い肉体。
待て、相棒は……無い? 手応えがないっ!
思わず患者着をめくりあげる。
……無い。シンプルなお股が、肉体は女の子だと高々と主張しているだけだ。
なにがどうなってるの?
今まで性別が変わるような薬や呪いの情報は無かった。
じゃあ、ボクがその最初の事例ってことになるのか?
う、う~ん……。もしそうなら協力しないといけないんだろうけど、モルモット扱いされそうで気は進まないなあ。
しかしこれ、性別が変わっただけって言えるのか?
だって髪も目も色が変わってるし……って、なんだこの耳。今頃気づいたけれど、随分と先が尖った長い耳だな。これじゃまるで────。
「あっ、気が*******ね! *気分***ああ、言葉*******?」
「ひっ!?」
いきなり扉を開けて白衣の女性が入って来た。
多分、救護所の医者か看護師なんだろうけど、あれ……? なんか言葉が……。
彼女はボクに視線を合わせるようにしゃがんで、敵意がないことを示すように両手を挙げた。
「わかり**? あなたに********ん。わかっ******か?」
なんだこれ。彼女が口にしているのは間違いなく日本語なんだろうけど、所どころで別の言語が混じって聞こえる。
英語を混ぜて喋っているとかじゃなくて、一部だけ音声が切り替わっているようで気持ち悪い。
なんだか自分が日本人じゃなくなったような……。
どう返答していいのかわからず沈黙しちゃったボクに、彼女は根気よく話しかけてくれる。
するとどうだろう、少しずつ、少しずつ……言語が修正されていった。
「私は看護班。あなた、倒れてました。ここに運ばれました。わかりますか?」
「……」
ようやくすべての言葉が日本語になった。だけど頭の中では日本語と未知の言語が同時に響いているような……一体なんなんだ、これは?
「あー……。やっぱり通じないわよね、エルフっぽいもの」
戸惑っている間に彼女は言葉が通じないと思って落ち込んでいる。いや、通じるようになったから────待てよ?
今ここで返事をするのはたやすい。だけどどう見ても今のボクは人間じゃない。ほら、彼女もエルフだった言ってるじゃないか……ていうか、エルフ!?
いや、異世界物で定番の種族だけどさ、どうしてボクが?
いや、それよりも。そんな異世界の存在と意思疎通ができると知られたらどうなる?
(……怒涛の質問攻めだろうな)
明らかに面倒なことになる。だって、ガワはエルフだろうが中身は日本人のボクだ。異世界のことなんてなにもわからない。その場その場で適当な返答をしていたら間違いなくボロが出る。
(少し様子を見た方がいいな)
少なくとも
「────」
「え?」
「────、─────、──」
「あ、えっと……ごめんなさい、わからないわ」
頭の中にある未知の言語で話しかけると、困った彼女は謝罪してきた。いや、謝ってほしいわけじゃないけれど。
その後、彼女は身振り手振りも交えてベッドにボクを誘導する。言葉が通じない未知の種族に勝手に出歩かれても困るだろうし当然か。
大人しくベッドに戻ると、彼女はボクの脈を計ったり熱を計ったり。
そして笑顔で挨拶をして部屋を後にした。あ、鍵かけたね。まあ、逃げ出すつもりはないけれど。
にしても……。
「エルフかあ……」
いや、まあ、ダンジョンは別世界なんだし、エルフがいても不思議じゃないけれど、いわゆる亜人はまだ遭遇していないはずだ。
じゃあ、ボクは初の亜人ってことか。
いやいや、男の身体はどこにいったんだ?
なんでエルフになってるの?
鋼に殺されそうになって、
いや、それはあとにしよう。今考えるべきは……異世界について質問された時のボクの設定だ!
そして数日が経った。
相変わらず部屋からは出られないけれど、トイレも完備された最高の個室だから問題はない。いや、暇ではあるけれど。
目覚めてから毎日、違う看護の女性がペアでやってくるようになった。全員が全員、ボクを見て「本当に可愛い〜♡ 勝ててよかったぁ」などと呟くものだから、ボクの担当を巡って変な競争が起きているようだった。なにしてんの。
さて、当たり前の話だけれど、看護に来る女性たちはボクに言葉を教えようとしてきた。毎日食事の度に、食材の名前を口にしてボクに繰り返させるのだ。
多分、彼女たち個人の考えじゃなくてギルドか国の方針なんだろう。面倒だからさっさと日本語を話したくなるけれど、ボクが単語を繰り返すだけで「可愛い」だの「賢い」だのはしゃぐ彼女たちの姿を見ていると、本当のことが言いにくくてしょうがない。
ただ、言葉がわからないフリも悪いことばかりじゃなかった。言葉が通じないと思っているから、彼女たちの口が軽くなるのだ。
食事に夢中になってるフリをした時とか、お昼寝のフリをすると、彼女たちは噂話に華を咲かせた。お陰で色々なことがわかったよ。
まず咲山春都としてのボクのこと。どうやら死亡扱いになっているらしい。いや、生きてるけどね?
なんでもあの日、地下3階の
で、次の日にエルフのボクが同じ
たまたまその場に居合わせた
発見してくれた
ボクを病院に運んで精密検査という意見もあったそうだけど、危険すぎると却下されたらしい。それはそうだ、
現在、ボクの存在に関しては箝口令が敷かれているらしいけれど、誤魔化し続けるのは無理だろうな。いずれ表舞台に出ないといけないだろう。
「……どうしたものかな」
ひとり呟く。
今のボクは男の時とは似ても似つかない幼い外見の女エルフだ。咲山春都ですと言っても信じてもらえるとは思えない。
いや、信じさせる方法はあるけれど、それはやめた方がいいだろう。
(鋼……)
かつての友を思い出す。
あの立ち入り禁止エリアで、なにか違法なことが行われているのは間違いない。もし、ボクがエルフになって生きていると知られれば、間違いなく口封じに動くに決まっている。
しばらく……いや、今後は春都ではなくエルフとして活動しなければいけないのかもしれない。
なにせ、性別どころか種族ですら変わってしまったんだ。バレたらなにをされるかわからないぞ。
とはいえ、こちとら外見だけのなんちゃってエルフだ。ダンジョンについて根掘り葉掘り訊かれても答えられない……いや、そうか。悩む必要なんてなかったじゃないか。
そして、さらに数日。ある程度会話ができるようになったと見せかけて、ボクは看護の女性にこう言った。
「ところで、ボクは何者なんだい?」
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